現実は心の反映 ボブ・フィックスさんの瞑想CD聴いた後にインスピレーション

2016年の11月ごろに浮かんだインスピレーションです。ばーーっとそのまま、言葉の言い回しや表現を気にせずに書いていますので、読みにくいところや意図が異なって伝わってしまう部分もあるかもしれません。

現実は心の反映

 

心の中で自覚するしないに関わらず、信じていることが外の世界に創造される

 

「今」という瞬間しかない

 

過去、未来は幻想

 

この世は幻想

 

個としての心の中で思っていることは幻想

 

苦は過去や未来、「今ここ」以外のことを考える心。

 

だから幻想。

 

幻想にとらわれるのが人生。

 

カルマのある人生。

 

カルマがある限り輪廻転生は続く。

 

カルマは本当は存在しないが、それに囚われているものの中でだけ存在する

 

それから離れるのが解脱

 

段階を追って夢から覚める場合と一気に覚める場合がある。

 

カルマをまとっているのが個

 

それは存在しない

 

時間というものは存在しない

 

カルマは時間の中でだけ存在する。

 

今しかない

 

循環しているということ

 

なにもかも

 

人の行為も

 

今ここに生きるとは心を開くということ

 

目の前に人、ものに心を開く

 

愛を与えているということ

 

愛も循環している

 

そうやって今ここの心で生きていく、愛が他人から還ってくる

 

自分が形の異なる自分に与えたものだから。

 

それが幸せということか。

 

死の恐怖

 

自我が消えることへの恐怖。

 

最終的には自我というものは存在せず、この世はもともと幻想で、夢だったと気が付くのが[覚醒」と呼ばれるもの。

 

人の数だけ世界があり、自分の世界というのは自分の心・魂の映し出し。

外の世界と思っていた景色は自分の心。

自分の心が他人の行動を作り出していて、無意識にみんなそうやって関わりあっている。

すべてが法則の中にあり完璧に連動している。

 

無意識の中に無自覚に抱えているものが

感情を刺激する出来事として現れる。

消化できない・癒されないと新たな課題として再度たまって同じことを繰り返す。

これがトラウマの再演。

傷や課題がクリアされていくとどんどん世界が明るく心は自由になっていく。

 

今という瞬間、自分の感情に素直になって人や物事と関わること、

情熱の感じる事柄に打ち込むことが、

本当の自分(真我)で生きている瞬間。

自我は過去、未来、恐れや不安。

 

この記事を書いたのは

阿部敏郎さんのブログをよく読んでいた時期で2016年秋ごろです。

阿部敏郎さんの本は1冊だけ持っていて、瞑想用のCDがついていました。

これがその本です。

 

瞑想中マントラの効果で「空」に連れていくとか書いてあって、

私の場合、CDを聴きながらの瞑想中は普段の瞑想とあまり変わりななく。

しかし、瞑想後の日常生活でふと

「気づき」の意識が沸き上がってきました。

入院中ゆるやかに沸き上がってきた気づきとよく似た感じです。

数日~数週間はそんな状態が続き、

劇的な意識変化ではありませんでしたが

「この世は幻想。他者の形をとって自分と出会っている

ということは他者はいないのかな・・・」

などと思ってしまいとてもさみしくもなりました。

この時期夜になるとこのようにセンチメンタルな気分になることが多く

虚無感のため結構しんどかったのですが

結局「すべては私だったのだ」

「I は 愛」だったんだ。

他人のやさしさは私のやさしさでもあったんだ

というところに落ち着きました。

 

 

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