「たんじょうび」作者不詳

今日はわたしのたんじょうび

赤ちゃんになって生まれた日

お父さまやお母さまが

祝ってくださるうれしうれし

 

 

 

この歌は子どもたちが幼稚園の頃、お誕生会に呼ばれて行った際に聴いたものです。

記憶があやふやですが初めて聴いたときは2006年だったかと思います。

「赤ちゃんになって生まれた日」というフレーズに心を動かされました。

今でも耳にするたび涙が出るのですが、

「赤ちゃんになって」という短くシンプルな言葉からさまざまなものをキャッチしているのだと思います。

以下は私が感じた感覚ですが、読む前にぜひ歌を味わっていただき、

心の中にどんな思いがわいてきたのか感じ取っていただけたらと思います。

 

 

赤ちゃんという言葉そのものに含まれる「いのち」「スピリチュアリティ」、

赤ちゃんというのはただ存在するだけで愛おしいという思い。

「赤ちゃん」という言葉の背景にはそう呼ぶ周りの人間からの温かいまなざしの存在を感じます。

「かわいいね」「将来が楽しみだね」という息遣いが聴こえてくるようです。

お母さん、お父さん、きょうだい、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、近所の人や知り合い、

赤ちゃんという一つの単語からはその周りの人々からの温かいまなざし、つながり、包み込むような愛を感じます。

言葉そのものに慈しみの心も含まれています

「今日はわたしの誕生日」というフレーズから、

赤ちゃんから少し成長した子どもが語っているということがわかりますが、

「赤ちゃんになって」からは「わたしは周りに愛され、大切に育まれる存在」として周りの愛をしっかりと受け止め、人生を生きていこうといういのちの輝きを感じます。

「赤ちゃんになって」の「なって」には

赤ちゃんとして生まれる前、お母さんのおなかに宿る前からの時空を超えたつながり、いのちの働きみたいなものを感じます。

赤ちゃんは赤ちゃんになる前から存在している・・・。

「赤ちゃんになって生まれる」というのはどういうことだろう・・・。

 

赤ちゃんになる前からも、赤ちゃんになって生まれてからも、さらには

人生を終えてこの世を去ってからも

神様・創造主(あるいは仏さまでも何でもいいのだけれど)に永遠に愛し抜かれている。

人間からの愛情は時として感じないこともあれば、それどころか人間に傷つけられ、存在を否定されることもある。

しかし、私たちはどういう人間であれ、どういう状況であれ、人間からの愛を感じられないことがあったとしても、誰一人例外なく、神様・創造主からは常に愛し抜かれている存在なのでしょう。

 

無事に生まれてきた赤ちゃんはもちろん、

おなかに宿り、外の世界を知らないまま旅立っていった赤ちゃんや

親御さんが別れを決意し旅立っていった赤ちゃんも。

 

そして、生命が誕生してからずっと続いているいのちのつながりの中で

天文学的な数の生き物が生まれ、死んでいき、また生まれ、

人間も同じでたった一人の人間が存在する背景には数えられない数のご先祖の存在があって

そんな中で「赤ちゃんになって生まれた」あなたやわたしは、

ほかの誰でもない「あなた」であり「わたし」であり

それがいかに貴重で不思議で尊いことなのかを思い起させてくれる歌でもあります。

 

「赤ちゃんになって」生まれて、

生き抜いた後はまた元いたふるさと神様や創造主の元という

ちゃんと還っていくところがあるという安心も、このフレーズから読みとりました。

 

以上「赤ちゃんになって」という一つのフレーズにはいろいろなものが含まれているのだなと思った件でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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