セラピストやカウンセラーなどケア提供者の「あり方」がセッションに影響を与える

カウンセラーやセラピストのあり方

遺族会などでグループワークのファシリテーターをしています。

参加者がおひとりだけの場合は個人面談という形になります。

このような活動に関わらせていただいて今年で5年目になるのですが

うすうす感じていたことが吉福伸逸さんの本に書かれてありました。

吉福さんというのはトランスパーソナルの分野で有名なセラピストです。

(2013年にお亡くなりになりました。)

 

 

相談者やクライアントは辛い話を聴いてほしくて

参加していることは間違いないのですが、

過去の喪失体験を思い出して

感情が揺れる人、淡々としてまだ実感のない人など

さまざまです。

 

ですが感情が揺れる、心の深いところの話をしてもらうには

ファシリテーターがただ座っているだけではダメで、

ぱっと見ただ座っているようには見えても

実は心の底からその場にコミットする、その場を引き受けるという

覚悟のようなものが必要なのです。

 

ファシリテーターは基本的には

「交通整理」の役割、

グループの動きを見て

どの人に発言を促すか、

また参加者の発言で気になった言葉を拾い、

同じような気持ちになった体験はないかなど

グループ内で起こっているダイナミクスを活用して

分かち合いを勧めていきます。

 

 

一見簡単なようですが

参加者が心の深いところの話ができるかどうかは

ファシリテーターの「あり方」が大きく影響しています。

個人面談であればカウンセラーやセラピストの「あり方」

ということになります。

 

「情報」としての話をしてもらうことなら

人前に出るのが得意な方であればできると思います。

しかしそれはインタビューになってしまいます。

 

「情報」としての話というのは

一見、「深い内容だ」と思われるかもしれませんが、

言葉自体、その情報自体のインパクトと

内面がどう揺れたかは別ものです。

 

言葉自体にインパクトがあっても

感情が伴っていないということであれば

心の深いところを開示していることになりません。

 

逆に言葉としての情報が乏しくても

心の深いところを開示することで

相手にもそれが無意識レベルで伝わるようです。

 

ケア提供差側の「あり方」というのは

「心を開いていること」ともいえるでしょう。

目には見えないのでぱっと見はわかりませんが

「その場」にいると伝わってしまうものなのです。

 

参加者や相談者は無意識に

「この人にはこの話をしても大丈夫、受け止めてもらえる気がする。」

と感じるもので

逆に「この人にはこの話は話しにくいな。」

と感じる時は実際に話を聴く側も

その内容にブロックがあったりと限界があるようです。

 

セラピストなどケア提供者側が

ある話のトピックにタブーを感じていたり、

自分自身の体験と重なってまだそれがわだかまりのように

心の中で癒されずに残っている場合

それが話を聴くうえでの妨げになってしまいます。

 

自分が聴きたくない話になると

一見聴いているような態度を装うことはできても

やはりどこか「心が閉じてしまう」。

ですからそれが知らず知らず相手にも伝わってしまう。

 

 

セラピストの限界がそのセッションの限界ということです。

自分の見たくないところを見る、限界を突き破ることが

結果的にクライアントの役に立つということになります。

 

無理は禁物ですが

ケア提供者も日々研さんする必要がありますね。

自分自身が

各種セラピーを受ける、

カウンセリングの教育分析を受ける

スピリチュアルケアのグループワークを受ける

内観療法を受ける

などの方法があります。

 

 

トランスパーソナル心理学

 

吉福伸逸さんの本で、意識の成長の段階についても述べられています。

呼吸法を使ってのセラピーなどの情報もあり

人間の意識、心は不思議なものだなあとあらためて思います

 


 

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