お金はエネルギー。お金は実はスピリチュアルなもの。

お金の引き寄せ。エネルギー

目次

お金の語源と水との共通点

お金の実態はエネルギー。お金を使うときの意識に注意する

―「お金は働いた会社からもらうもの」というのも思い込み

―お金と自分のエネルギーの使い方。浪費・消費・投資

―「欠乏動機」「充足動機」と浪費・投資

―「自己肯定」「充足意識」が動機の場合・・・投資

―お金=エネルギー エネルギーを向けた分だけ入ってくると信じぬく

 

お金の語源と水との共通点

お金は私たちを豊かにしてくれることもあれば、

お金が原因でトラブルに巻き込まれたり心配事が絶えなかったりと

とても身近な存在でありながらお金とうまく付き合っているという人も

なかなか少ないのが現状かと思います。

お金は英語でmoneyと呼ぶのはみなさんご存知だろうと思いますが、

currency とも言います。

currency は「通貨」や「流通貨幣」という意味の他、「流行」という意味もあります。

current はcurrency の形容詞形ですが、

cur には「走る」「流れる」という意味があり、

current は「今ここを流れている」ということから「現在の」という意味があります。

よって名詞 currency は「今流れているもの」→「通貨」ということになります。

なんだか日本語の「通過」とも音だけでなく意味も重なり面白いです。

そのような語源、性質を考えるとお金はじっとそこにとどめておくものではなく、

通貨currencyという意味からも

通過させるもの、入ってきたら次に流すものととらえていいでしょう。

そのような性質がお金にはもともとあるのです。

じっととどめておいて動かないのではなく、

もともとお金の持って生まれた性質が「流すもの」だということです。

また、流れるという性質は水と同じです。

水はどのような場所にあっても動きがなくなれば、淀んで腐敗します。

水は流れるもの、循環していくものです。

河川もそうですし、人間の身体もそうです。

家の水回りも掃除しないと排水溝が詰まったりにおいがしたりします。

生物の細胞も水がないと干からびますし、

あらゆるものが水を循環させて生命を保ち、環境を保っています。

お金も水と同様本来の性質が「流れるもの」であるといえるでしょう。

お金の実態はエネルギー。お金を使うときの意識に注意する

お金の実態は実はエネルギーです。

硬貨や紙幣に「これだけの価値がある」という人間の共通認識でお金というものに意味を与えていますが、

実際は硬貨や紙幣そのものは金属とインクのついた紙です。

最近では電子マネーの存在があるので、ますますお金の実態が「エネルギー」だということを認識する人が増えているのではないでしょうか。

お給料も手渡しではなく、銀行振り込み、お金自体を実際手に持っていなくてもいろいろな買いものができます。

これだけ働いたから、

これだけ我慢して仕事したから、

これだけの貢献をしたから、

これだけの価値を世の中に与えたから、

「これだけお給料がもらえる」という意識が「お金」となって自分の元に来ます。

「これだけやったからこれだけは確実に入ってくる」という意識を抱き、

その意識に見合ったものがお金という一種の物質化というプロセスを通してやってくるということ。

今はその「物質化」というプロセスが無くなりつつあって、単に「〇〇円」というデータ上の数値になりつつありますが、

それってお金を使って「〇〇が買える」、

「どこどこに行ける」、

「〇〇ができる」

というふうにお金を払って何かができるという可能性を手に入れたということ。

お金という形ではあるけれど、実態は可能性という「エネルギー」です。

「お金は働いた会社からもらうもの」というのも思い込み

実際にそう思い込んでいるから

月にどれだけ働いて、お給料がこれだけ入って‥‥という現象になっていてそれは事実ではあるのですが

お金=エネルギーということを、

本当に骨の髄から細胞レベルから実感としてそれがもう当たり前レベルになっている人は

会社を辞めて仕事以外にエネルギーを使ったとしても、別のところからお金が入ってきます。

会社からお給料をもらている時とは違い、いつどこからということはわかりませんが、

自分のエネルギーを自分の魂と世のため人のために使い、

贅沢をするためではなく生きていくため、社会に貢献する活動を維持するための

必要なお金は絶対に入ってくるという信念があると、本当にそうなります。

人の縁で仕事を頼まれたりということを通して

不思議ですがちゃんと仕事になっていくようです。

臨時収入があったりもします。

「自分はボランティアをやっているけど、お金に困っていてこの先不安。」

「世のため人のための活動をしているけど、本当にお金が入ってくるのか不安」・・・このように

不安を感じたり疑ったりすると入ってこないか、入ってくるのが遅れるか、少なくて生活に困るか、です。

現実は心の反映ですので、入ってきて当たり前、当然という意識で

しかもそれを自分の欲のためでなく、

魂のため、世のため人のために使う、

お金の性質「流すもの」として次に回すという人のところに入ってくるようです。

誰かを喜ばすために使ったエネルギーは、喜びが循環される形で戻ってきます。

そして「入ってきて当たり前」という意識を持っていると入ってくることは事実で、

悪いことをして儲けよう、儲かるのが当たり前という認識の人のところにもお金が集まったりします。

お金が入ってくるかどうかは「意識次第」なので、エネルギーを掛けた分と信じぬいた分は入ってくるようです。

しかし悪いことをして得たのは「お金」でもあり「人の苦しみの詰まったエネルギー」でもあります。

積み重なるとどうなるか、想像ができるかと思います。

お金と自分のエネルギーの使い方。浪費・消費・投資

浪費は文字通り、無駄になってしまうお金の使い方です。

出費したものの、誰も喜ばなかったという使い方。

あるいは一時的な快楽にはなったものの結果としては無駄になる使い方を言います。

消費は普段の生活で必要なもののために使う使い方です。

思い入れがあるというより、生きていく上で必要なもののためのお金です。

投資はそれが将来自分のためや誰かのためになるような使い方です。

お金自体を増やす「投資」というより、自分の可能性や能力開花のために学校に行くというふうな使いかたも「投資」といえますし、

好きな人との思いで作りの旅行にお金を使うことも「投資」です。

同じものを買う、同じ使い道でも「浪費」「消費」「投資」のどれになるかは

その時の目的、動機しだいで変わります。

ある人にとってブランド品を買うことは「浪費」かもしれませんが

ある人にとってはそれが自分の魂の喜びにつながる「投資」かもしれません。

「欠乏動機」「充足動機」と浪費・投資

自分のために何か物を買う、

美容院に行く、エステに行く、

何か習い事などの講座を受ける、

カウンセリングセッションを受ける、

日常でお金を使う場面はたくさんあります。

どういう動機でお金を使うのか意識してみることで

その買い物は「自己否定」「欠乏意識」が動機になっているのか

「自己肯定」「充足意識」が動機になっているのかが見えてきます。

自己否定や欠乏意識が動機の場合・・・浪費

・本当に欲しいものを「自分にはもったいない」と諦める

・本当に欲しいものは高いからという理由で似たような安い物を代わりに買って本心をごまかす

・〇〇を買わないと幸せになれないなどといった「不安」を解消するために開運グッズを買う

・〇〇の講座を受講しないと状況が良くならないなどの理由で高額な講座やセミナーを受ける

・流行りの物や高価な物を持ち、優越感を感じたいという理由でそれらを買う

・高価な物を身に着け、セレブ気分を感じるとお金が入ってくるという動機で借金をしてまで買う(実際は「本当にお金は入ってくるんだろうか」という疑いの念と、借金をしてまで買ったという罪悪感の方が豊かな気持ちより強くなる)

これらは行動が問題なのではなく、心の奥で感じている本当の感情、本当の動機が問題です。

上記に挙げた例はすべて自己否定の念が根底にあります。

「どうせ自分はだめ」→「だから本当に欲しいものは手に入らない」

「どうせ自分はだめ」→「だから自分の感覚を信じるより、他人が勧める高額な講座を受けてだめな自分を変えないといけない」

「どうせ自分はだめ」→「だから他の人よりも優れているフリをしないといけない」

という風に意識の深いところで自己否定をしています。

ですので、表層意識では「もっと人生を良くしたい」と思って行動しているはずが

深層意識で自己否定をしているので状況は変わらないかますます苦しくなっていきます。

苦しくなって苦しみの「極」までいくとおのずと

自分でも気づくので状況は好転しますが、そこまで行くまでに色々なものを失います。

何よりも人生の時間を喪失してしまいますね。

「自己肯定」「充足意識」が動機の場合・・・投資

・欲しいものを素直に欲しいと認めることができ、自分にそれを与えることを許せる

・妥協して安いものを買わない

・低価格のものを買う時、貧しさや欠乏の意識ではなく、「たったこれだけのお金でこんなにも豊かな物が手に入る」という豊かな気持ちで買う

・いくら良い物、良いサービスだと他人に勧められても自分の心が納得しないものにはお金を出さない

・優越感を感じるために物を買うのではなく、本当にそれが好きだからという理由で買う

・自分の喜び、あるいは誰かの喜びのためにお金を使う

これらは一例ですが、要は「喜びや心の平安のためにお金を使う」ということ。

使う対象によっては動機が「欠乏なのか充足なのか」はっきりしないこともあります。

動機を見つめるあまり神経質になって心が乱れては本末転倒ですが

何かを買う時の判断の一つにはなると思います。

お金=エネルギー エネルギーを向けた分だけ入ってくると信じぬく

お金には実は実態がなく、エネルギーということを書きました。

このことが腑に落ちると、お金の不安から解消されます。

エネルギーは出したら巡り巡って返ってきます。

目の前のお金が減っていく時期というのがあっても、

信念をもって自分の魂のため、他者のために私はこれだけ行動するんだ

心を込めて取り組むことがあるんだ、

これは絶対神様、仏様、宇宙の意志でもあり、

そうすることで私も世界も喜ぶんだというゆるぎない信念があれば大丈夫です。

これは決してふわふわした感覚ではなく、しっかりと地に足がついた感覚です。

お金が入ってこないと不安、お金がまず目的

となってしまうのが人間ですが

それを超えるとお金の心配からは解消され、

手元にお金がなくてもこれだけやっているから天がどうにかしてくれるだろう

逆にいうとそれだけ信念の持てること、自分の状況を脇においておけるほどに専念できることが見つかれば

自然とお金の心配はなくなり、

なぜか知らないけどいつもうまく回っていくという状況になっていくようです。

 

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