なわとびの二重跳びってそうやるの!?知った時の衝撃。ビリーフの大半は幼少期に作られる

ビリーフ。思い込み。信念

カウンセリングや心理学の世界では無意識レベルで抱えている思い込みのことをビリーフといいます。

ビリーフは日本語に訳すと「思い込み」となりますが、

「それが当然」と細胞レベルで思い込んでいる「価値観」「偏見」なども含まれます。

誰もがビリーフを抱えて生きていて例えば日本人にありがちなのが

「男性は人前で泣いてはいけない」というものだったり

「和を乱さずみんな仲良く」というものだったりします。

アメリカですと「全体のことよりもまず自分。自己主張が大事」となりますね。

「恋人は一人だけ。同時に複数と付き合うのはNG」というのもビリーフです。

なかなか受け入れられないでしょうが、ほとんどの人がそれが当然と思っています。

「借金をしたら返さなければいけない」というのもビリーフです。

このようなビリーフを抱えているために借金をして返せなった場合苦しくなります。

しかし私も含めほとんどの人はこのような考えを「当たり前」「当然」「そうに決まっている」と

頭で思っているというよりも存在レベルで抱えているものだと思います。

私の体験 小学校一年の時のなわとびの授業

小学校1年生の冬休みになわとびの宿題がでました。

普通に跳ぶ跳ぶ方10回とか、後ろ跳び10回。

交差跳び10回、20回、あや跳び10回など、

徐々に難しいものにレベルアップしていくのですが、

できたところは自分で印をつけて次のレベルに挑戦するという宿題です。

その中に「二重跳び1回」という課題があり、

次のレベルが「(何だったか忘れましたが)後ろあや跳びもしくは後ろ交差跳び10回or20回?」

で最後の最難関が「二重跳び3回」

二重跳ぶは難しいので1回跳ぶのも大変ということで、

3回も跳べるとなるとこれはもうすごいことというわけです。

しかし私は跳べたので「なんでこれが難しいんやろう?」と疑問でした。

 

冬休みが終わり、三学期の体育の授業はなわとび。

冬休みのなわとびの宿題プリントを手に持ちもう一度授業で練習。

先生に見てもらってできてたら合格ということになります。

休み時間もなわとびの練習をしている子が多かったです。

普通の跳び方からみんなすぐにレベルアップし、

交差跳びなどを練習しています。

ちらほら「二重跳びが難しい」という声が聞こえてきます。

「なんでそれが難しいんや?」

「難しいっていいながら誰も二重跳びの練習してないやん」

周りの様子をみてそう思っていました。

お気づきかもしれませんが、私は「二重跳び」を1本のなわを半分に「二重にして」短い状態で跳ぶことだと思い込んでいたのです。

短い状態で跳ぶのが難しい人もいるから、難易度の高い跳び方なのかもしれないと思っていました。

そんなわけはなく、なわを二重にして跳ぶので誰でも簡単に跳べますし、

当然私も楽勝で跳べるのです。

「私はみんなが難しいって言ってる二重跳びが跳べるんや」そう思っていました。

しかしある時誰かの言葉でやっと気が付きました。

1回のジャンプでなわを2回まわすのが二重跳びだということに。

ガーーーーーーーーーーン!!!

そ、そんな神業みたいな跳び方がこの世にあったとは!です。

もともと運動神経が鈍く、どんくさいため

そのような飛び方があることすら想像もつかず、

私が7年間で培ってきた「ビリーフ」の範囲を完全に超えていたのでした。

奇想天外そのものでした。

たった小学校1年生ですが、もうすでにこのような「思い込み」を持っていたわけです。

「二重跳び」と聞くと

「ああ、なわを二重にして跳ぶんやね」疑いもせずこう思うのは当然で

おそらく最初に先生が跳び方を説明してくれたにも関わらず

入ってこなかったのだと思います。

運動神経が鈍くあまり機敏な動きに挑戦したこともないですし

例えば友達が側転なんかをやっていても

どうやるのかさっぱり想像がつかず

身体の動きとしてイメージできないので

「手を地面についてに足とおしりを上げて右から左へ同じ向きのまま移動しただけ」

というのが私のやる側転で側転になっていないという状態でした。

自分のできる範囲、想像の範疇でしかものごとを考えられないし

それが「ビリーフ」ということになります。

 

ですので私にとって1回のジャンプで2回もなわを回すなどということは

思いつきもしないし、できるとも思っていない、

まさかそのような跳び方がこの世にあるとは想像すらつかない状態でした。

 

そんな中で「誰も二重跳びの練習してないやん」と

他の子がちゃんと練習していたにも関わらず

それが二重跳びの練習だとも気づかずにいたわけです。

他の子がなわを大きく回して

「ドン!」

「ドン!」

とやっているのを見て

「なんじゃそりゃ」と思っていました。

結局その年二重跳びの欄だけ合格がもらえず、

跳べるようになったのは中1の時です。

 

このように、ビリーフというのは

幼少期すでにその大半が心の中に培われているものであり、

知らず知らずのうちに「それが当然であって他の考えや選択があるわけがない」という

自動反応をしてしまうものです。

カウンセラーやスピリチュアルケアのケア提供者のトレーニングは

自身が抱えているビリーフに気づき、

他者と関わる際にはそれを脇に置いて巻き込まれないようにするためのものです。

今回のなわとびの例のようにセッションに影響しないビリーフもありますが

影響されてしんどくなるのは

傷つき体験や自分を抑えてしまったことから培われてしまったビリーフです。

自身がビリーフから解放される度合いは、

他者がビリーフから解放される度合いにも影響します。

読んでくださりありがとうございました。

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