スピリチュアルケア専門職・臨床宗教師が職業として認められることが必要

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前回の記事に続いての話になります。

>>>>聴く力を甘くみてはいけない。悩みを聴いてもらう場は社会にとって絶対に必要

臨床宗教師やスピリチュアルケアの専門職としてちゃんと生活できるシステム作りが日本の社会には必要

誰もが普通にサポートを受けられる社会に

グリーフケアやスピリチュアルケアが受けられる場、辛い話を聴いてもらえる場は少しずつではありますが、増えてきた印象です。

臨床宗教師が開催している「カフェ・デ・モンク」や地域の遺族会、NPOなどがボランティアベースでの活動が広がってきています。

病院でのスピリチュアルケアも、ほとんどがボランティアベースです。

元々収入源が別にあり、金銭的には余裕のある人が多いのかもしれませんが、実態はわかりません。

悩みを抱えた側にとって、相談料1回数千円を支払うというのはただでさえ辛い状況に陥っているのに、追い打ちをかけるようにますますしんどくなるのではないかとも感じます。

金銭的に余裕のある場合なら、専門家のところに行くでしょう。

しかし、「経済的に破綻してしまい、もう自殺しか考えられない」という場合、もともとお金のことで困っているのに、高い料金のかかる相談になど行けるわけがありません。

周産期のグリーフケアであれば「育てるお金がないから中絶した。そのことが辛くてたまらないけど、もともとお金がないから専門家のところに相談しに行くこともできない」といった問題も出てくるかと思います。

そのような人たちを「自己責任だから」と責めるのではなく、どのような状況に陥っていたとしても、絶対に見捨てない関わりが必要です。

金銭的負担が少なく、長く継続してサポートを受けられるシステムが必要であり、徐々にそういったサポートを担う団体も増えてきてはいます。

ボランティアやる側・ボランティアの家族がつぶれてしまう

このようなボランティア活動を支えているのは多くの場合どこかの財団からの「助成金」です。

NPO団体であれば「会費」ということになります。

ボランティアなので基本的に給料は出ません。

ボランティアといってもそのボランティアになるためにはお金を払って、各種講座や学校に通い、専門家として十分にトレーニングを積んだ人たちが活動を担っています

ただそこに行ってすぐにできるものではありません

そして自己研鑽は活動をしていればずっと継続していくものです。

病院や福祉施設などでもスピリチュアルケアの活動が広がっていますが、ボランティアがほとんどということで、欧米と違って「チャプレン」としてそこで働いているのはごくごくわずかな人数だそうです。

まずは病院から「スピリチュアルケア師」「臨床宗教師」が職業としてちゃんと安定した収入を得られるようなシステムが広まることが必要。

「職業としてのスピリチュアルケア」は絶対に必要ですし、また「ボランティア」としての活動もそれはそれで「自由に動ける」というメリットもあるので、両方がバランスよくこれから充実していけばいいのかなと思います。

天命を生きていれば絶対に大丈夫・・・とはいうけれど・・・。

「私の活動はこの社会にとって絶対に必要。神様あるいは宇宙の意思が望んでいることでもある。食べていくだけの収入はどこかから必ず入ってくる」という確固たる信念が本人にあれば、本当に食べていくくらいのお金は入ってきて当たり前だと私は思います。

しかしながら、スピリチュアルケアの活動をする上、聴く力や人を変容させる力はあってもそこまでの信念を持てる人はなかなかいないでしょうし、そうなるとせっかく癒しの力を持っていても生かせないということになってきます。

また本人が「絶対大丈夫」と確固たる信念を持っていても、家族がこの考えを理解できるとは限りません。ほとんどの場合理解できないでしょう。不安に陥るのが当たり前です。

話が通じないために、離婚や家庭崩壊に陥ることは避けたいです。

また、「やりたいことをやりなさい」と、信じてくれてはいてもやはり収入の不安定さによって家族にストレスが溜まり病気になってしまうということもに考えられます。

「だったら、他の仕事で収入を得ながら、ボランティア活動やったらいいんじゃないか」

確かにそういう考えもありますし、私自身もそうしてきました。

できる人とできない人が出てきます。

私はエネルギーを使いすぎてバランスが取れませんでした。

スピリチュアルケアやグリーフケアの活動で、「明日遺族会のファシリテーターをする」という時、前日はしっかりと睡眠を取ってコンディションを万全に整えます。

身体だけではありません。家庭をはじめ、人間関係でのトラブルなどでもめると精神面で影響が出ます。

遺族会に行く前にそのようなトラブルに見舞われると平静さを失い、話を聴けなくなってしまうので、そういったことも管理しないといけません。

私は家庭人でもあるので、遺族会やNPOの活動、病院実習の際はできるだけご飯の用意は済ませて、掃除はできなくても洗濯はやり、家族のこともちゃんと心にある、ということを示したつもりで出かけていました。

1週間の病院実習は本当に大変なので数日前からハンバーグやカレー、ミートソース、ひじき豆やトン汁など作って冷凍し、後半は疲れが出るので、それが足らなくなった場合は外食をしたりもしました。

もちろん不十分ではあり、全然足らないかもしれませんが、収入にならない活動なので自分勝手に見えてしまうことは避けられず、せめてもの思いでそうしてきました。

そういった準備をしていても、家族には負担をかけてしまっていましたし、ボランティアに行く時は毎回ごはんを用意しているにもかかわらず、思いが通じなかったのか、それを食べずにお惣菜を買ってこられたということも何度もあります。

私の伝え方が足らなかったこともあるでしょう。

やることが多すぎて、家庭内のバランスもとりつつなので、どこかにひずみが出る可能性は高いです。

他の仕事で収入を得ながらということができればOKですが、別のことにエネルギーを使いつつのスピリチュアルケア活動となるので、本当に大変だと思います。

社会にとって必要なスピリチュアルケア師や臨床宗教師がちゃんとした職業として確立されることを願ってやみません。

こういうことは政治家の方に頼んだらいいのでしょうか?

職業としてのスピリチュアルケアとボランティアとしてのスピリチュアルケアどちらも良さがある

「職業としてのスピリチュアルケア」・・・安定した収入が期待できる。

「ボランティアとしてのスピリチュアルケア」・・・規則にあまりとらわれず、自由度が高い分、融通の利いたサポートができる

今のところ、両方が社会にとって必要かなと思います。ボランティアは増えてきているのでこれからは職業としてのスピリチュアルケアが増えていくことが課題でしょう。
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臨床宗教師やスピリチュアルケアの専門職としてちゃんと生活できるシステム作りが日本の社会には必要

誰もが普通にサポートを受けられる社会に

グリーフケアやスピリチュアルケアが受けられる場、辛い話を聴いてもらえる場は少しずつではありますが、増えてきた印象です。

臨床宗教師が開催している「カフェ・デ・モンク」や地域の遺族会、NPOなどがボランティアベースでの活動が広がってきています。

病院でのスピリチュアルケアも、ほとんどがボランティアベースです。

元々収入源が別にあり、金銭的には余裕のある人が多いのかもしれませんが、実態はわかりません。

悩みを抱えた側にとって、相談料1回数千円を支払うというのはただでさえ辛い状況に陥っているのに、追い打ちをかけるようにますますしんどくなるのではないかとも感じます。

金銭的に余裕のある場合なら、専門家のところに行くでしょう。

しかし、「経済的に破綻してしまい、もう自殺しか考えられない」という場合、もともとお金のことで困っているのに、高い料金のかかる相談になど行けるわけがありません。

周産期のグリーフケアであれば「育てるお金がないから中絶した。そのことが辛くてたまらないけど、もともとお金がないから専門家のところに相談しに行くこともできない」といった問題も出てくるかと思います。

そのような人たちを「自己責任だから」と責めるのではなく、どのような状況に陥っていたとしても、絶対に見捨てない関わりが必要です。

金銭的負担が少なく、長く継続してサポートを受けられるシステムが必要であり、徐々にそういったサポートを担う団体も増えてきてはいます。

ボランティアやる側・ボランティアの家族がつぶれてしまう

このようなボランティア活動を支えているのは多くの場合どこかの財団からの「助成金」です。

NPO団体であれば「会費」ということになります。

ボランティアなので基本的に給料は出ません。

ボランティアといってもそのボランティアになるためにはお金を払って、各種講座や学校に通い、専門家として十分にトレーニングを積んだ人たちが活動を担っています

ただそこに行ってすぐにできるものではありません

そして自己研鑽は活動をしていればずっと継続していくものです。

病院や福祉施設などでもスピリチュアルケアの活動が広がっていますが、ボランティアがほとんどということで、欧米と違って「チャプレン」としてそこで働いているのはごくごくわずかな人数だそうです。

まずは病院から「スピリチュアルケア師」「臨床宗教師」が職業としてちゃんと安定した収入を得られるようなシステムが広まることが必要。

「職業としてのスピリチュアルケア」は絶対に必要ですし、また「ボランティア」としての活動もそれはそれで「自由に動ける」というメリットもあるので、両方がバランスよくこれから充実していけばいいのかなと思います。

「私の活動はこの社会にとって絶対に必要。神様あるいは宇宙の意思が望んでいることでもある。食べていくだけの収入はどこかから必ず入ってくる」という確固たる信念が本人にあれば、本当に食べていくくらいのお金は入ってきて当たり前だと私は思います。

しかしながら、スピリチュアルケアの活動をする上、聴く力や人を変容させる力はあってもそこまでの信念を持てる人はなかなかいないでしょうし、そうなるとせっかく癒しの力を持っていても生かせないということになってきます。

また本人が「絶対大丈夫」と確固たる信念を持っていても、家族がこの考えを理解できるとは限りません。ほとんどの場合理解できないでしょう。不安に陥るのが当たり前です。

話が通じないために、離婚や家庭崩壊に陥ることは避けたいです。

また、「やりたいことをやりなさい」と、信じてくれてはいてもやはり収入の不安定さによって家族にストレスが溜まり病気になってしまうということもに考えられます。

社会にとって必要なスピリチュアルケア師や臨床宗教師がちゃんとした職業として確立されることを願ってやみません。

こういうことは政治家の方に頼んだらいいのでしょうか?

職業としてのスピリチュアルケアとボランティアとしてのスピリチュアルケア

「職業としてのスピリチュアルケア」・・・安定した収入が期待できる。

「ボランティアとしてのスピリチュアルケア」・・・規則にあまりとらわれず、自由度が高い分、融通の利いたサポートができる

今のところ、両方が社会にとって必要かなと思います。ボランティアは増えてきているのでこれからは職業としてのスピリチュアルケアが増えていくことが課題でしょう。
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