ボディサイコセラピーを体験 「私の方が『親』だった」

学会認定のスピリチュアルケアの訓練ができる団体で、スピリチュアルケア専門職養成課程に所属しています。

上智のグリーフケア研究所を修了後、そちらで数回の研修を受けております。

で、グループワークで自身の生育歴、傷、スピリチュアリティに向き合い、

ケアしケアされる経験が現場で役に立つというそんな研修なのですが、

どうやら私の場合は「深い」とのことで、

個人の生育歴の部分を超えたそれこそ大いなるも、超越者、トランスパーソナルな感覚に

敏感なので、その意識レベルをコントロールすることが課題でもあります。

そしてトランスパーソナルというのか、生まれる前おなかにいたころの

記憶の届かない領域だったり、生死をさまよった際の意識もうろうとして同じく記憶がない部分に

なにかがあるかもしれないということが自分でわかりました。

そんな日常では感じることのないような心の領域、意識と無意識のはざまの領域を

感じるのがこの研修なのだと思っていたらどうやらみんながみんなそうではないらしいということもわかりました。

私の場合はその課題を見れる先生がいないので

この団体に所属しつつもそれとは別の専門のところでも訓練を受けた方がいいとの言葉ももらいました。

それで最近トランスパーソナルな領域を扱える専門家の先生を見つけたのでそこにしばらく通い、

自身の心を見つめることにしました。

今年は天気の影響が大きいのか体調もそれにあわせて低空飛行ぎみです。

心理面はどうかというと、気力がわかないときも多かったですが、

それも一時的なものだとわかっているので、快晴とはいかずともまあまあといったところでしょうか。

人生に対しては割と自由度が増し、周りの人と比べても相当自由だと思います。

このままでも十分といえば十分、やっていきますし、

数年前に比べたらどれだけ自由になったか、どれだけ軽くなったかわかりません。

素でいられる時間が増えてらくです。

しかしまだちょっと自分に制限をかけてしまうところや

自分で背負ってしんどくなるところがあり、

これは幼少期の心残り、未完の感情がまだちょっとあるのねと判断し

先ほどの課題のこともあるのでセラピーを受けることにしました。

人生を加速させたいという動機が強いでしょうか。

それと複数の種類のセラピーを受けてみると自分で違いが実感としてわかるので

仕事に活かせたらいいなという動機です。

スピリチュアルケアのグループワークは結構心が激しく揺れるのですが、

今行っているボディサイコセラピーでは、もっとマイルドかつ自然と、

しかも記憶になかった感情のしこりが浮上し、

自分でもなぜそうなのかわかりませんが、でもそうなんだそれが心残りだったんだという気づきが

自然と訪れる不思議さを感じました。

まだトランスパーソナルな領域に取り組んでいませんが、

子ども時代の親との関係で私は子どもであるにも関わらず

親のような役割をやっていたということがわかりました。

お金を稼いだとか家事をやっていたとかそういうことではなく、

精神的にそのような役割をやっていたということです。

親が子どもである私の気持ちを汲むのではなく、

私が親の気持ちを汲み取っていました。

私の気持ちは受け取ってもらえず、我慢に我慢を重ねてきたということは

以前にも実感としてわかっていましたが、やはりそうだったようです。

大半は解決されて、浄化されてきたのでそれほど感情の揺れもなく

ただただ気づきがありました。

誰かと死別する、大病をする、などインパクトのある体験だと

苦しみがわかりやすいですが、

このような一見些細な体験も生きづらさなどの苦悩につながります。

もう大半は浄化されていますが、あと少し、セラピーで向き合おうと思います。

 

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