グリーフケア。死別の悲しみはいつまで続く?

大切な人を亡くした悲しみはいつになったら癒えるの?

大切なご家族や愛する人との死別。

眠れない、食べられない。

何かをするやる気が出ない。

逆に何かしていないと辛くてやってられない。

一日中涙が止まらない。

悲しいはずなのに涙が出ない。

ある記憶が思い出せない。

ものが覚えられない。

亡くなった人に会いたい。

人によってグリーフ(悲嘆)反応はさまざまです。

自分がこの先どうなっていくのか、いつまでこの苦しみが続くのか

死別の苦しみ、悲しみに対する反応は人によっても違いますし、同じ人であっても季節や生活環境、バイオリズムによって比較的穏やかに過ごせる時、グリーフの反応が強まる時などがあります。

またいつになったららくになるのか、悲しみが癒えるのかと、苦しい時は思うものですが、これも個人差が大きく、決まった答えはありません。

誰かが悲しみを癒してくれるわけでもなくご自身で向き合っていくほかありません。

そうはいっても一人で抱えきれないという場合も多く、グリーフケアを行っている遺族会や、専門家に相談するということで、辛い状況であっても支えを得ることは可能です。

答えはないとわかっていても、道筋を知りたい、問わずにいられない

一体いつになったら心がらくになるのか、個人差がありますし、答えはないとわかってはいても、それでも問わずにいられないというのが現状かもしれません。

他の人はどうだったのか。

今の私みたいに辛いとき、どのようにして過ごしてきたのか。

またいったんらくになっても、再度落ち込むときがあるのか。

故人のいない世界にこれから適応して生きていけるのだろうか。

私と同じような気持ちを抱いている人はいないのだろうか。

 

また、大切な人を亡くした悲しみだけでなく、怒りであったり罪の意識などの感情を感じる場合もあります。

「こんなことを思ってしまう自分はいけないんじゃないか。」などと自分を罰してしまうこともあるかもしれません。

 

 

以下、紹介するのは上智大学名誉教授アルフォンス・デーケン先生が著書の中でおっしゃっておられる「グリーフの段階」です。

一応の枠組みということでご理解ください。

ぐちゃぐちゃな気持ちを少しでも客観的にみることに役立つかもしれません。

 

これと同じ順番で進むということではなく、ある部分は体験しなかったり、飛ばす段階があったり、戻ったりということを体験しながら進んでいくものです。

死別の悲しみ苦しみは誰かが肩代わりしてくれるというものでも、癒してくれるものでもなく、ご自身で向き合うしかありません。

しかし、深く心をみつめ、ご自身で意味を発見したり、気づきや癒しが得られたりというプロセスを経ます。

よく生き よく笑い よき死と出会う」より

  • グリーフの段階

グリーフの段階(デーケン先生の例)

1段階 「精神的打撃と麻痺状態」

愛する人の死という衝撃によって、一時的に現実感覚が麻痺状態になる。 心身のショックを少しでも和らげようとする本能的な働き、 つまり、防衛規制。

 

2段階 「否認」

感情、理性ともに相手の死という事実を否定する

 

3段階「パニック」

身近な死に直面した恐怖による極度のパニックを起こす

 

4段階 「怒りと不当感」

不当な苦しみを負わされたという感情から、強い怒りを感じる。 「私だけがなぜ?」「神様はなぜ、ひどい運命を科すの?」

 

5段階 「敵意とルサンチマン(妬み)」

周囲の人々や個人に対して、敵意という形で、やり場のない感情をぶつける

 

6段階 「罪意識」

悲嘆の行為を代表する反応で、過去の行いを悔やみ自分を責める

 

7段階 「空想形成」

幻想―空想の中で、故人がまだ生きているかのように思い込み、実生活でもそのように振る舞う

 

8段階 「孤独感と抑鬱」

健全な悲嘆のプロセスの一部分、早く乗り越えようとする努力と周囲の援助が重要

 

9段階 「精神的混乱とアパシー(無関心)」

日々の生活目標を見失った空虚さから、どうしていいかわからなくなる

 

10段階 「あきらめ 受容」

自分の置かれた状況を「明らか」にみつめ、現実に勇気を持って直面しようとする

 

11段階 「新しい希望 ユーモアと笑いの再発見」

ユーモアと笑いは健康的な生活に欠かせない要素で、その復活は、悲嘆プロセスを乗り切りつつあるしるし

 

12段階 「立ち直りの段階」

新しいアイデンティティの誕生: 以前の自分に戻るのではなく、苦悩に満ちた悲嘆のプロセスを経て、より成熟した人格者として生まれ変わる

ご遺族の方の反応はさまざま

2014年より遺族会にかかわっておりますが、本当に人それぞれで答えがありません。

数年経っている方でも亡くされた当時とあまり変わらない心境の人もいらっしゃいますし、年月が経って心の状態がずいぶんと変化したという方もいらっしゃいます。

悲嘆ヘの向き合いかたも当然違います。遺族会に来られるという方は、そこでの語りを通して悲しみに向き合うということをされながら、過ごしていることになります。

遺族会などの分かち合いに来ずとも、死別後比較的すぐに生活に適応する方もいらっしゃるわけで、そのような方の話は当然入ってこないことになります。

また死別後の生活に適応している場合もあれば、辛すぎてみないように抑圧している場合もあり、後者の場合は身体的な症状に現れたり、数年経って悲しみが浮上したりするようです。

人の心というのは本当にわからないものだと感じます。

こちらは上智大学グリーフケア研究所でお世話になった高木慶子先生の著書です。
悲しんでいい 大災害とグリーフケア (NHK出版新書)

喪失体験と悲嘆―阪神淡路大震災で子どもと死別した34人の母親の言葉

 

最後に私の体験(2007年の死産の体験。祖父母たち3人との死別体験)から。

2007年に3人目の子を亡くしておりますが、私自身も生死をさまよい子宮摘出をしています。別ページに体験談を書いておりますが、救急搬送され意識が戻ったのは数日後。

なぜか幸せで仕方なかったのですね。生死を超えた次元で、死さえも受け入れられるような、愛に満ちた感覚を感じていました。

おそらく臨死体験に似たような、ある種の深い瞑想状態というか、宗教的体験を経験したからだと思います。

直後は「グリーフの段階」には当てはまらない心境だったのです。

しかし退院してからはいくつか、「グリーフ」の段階と同じような感情を抱いたかと思います。

「8段階」の抑鬱と「10段階」の受容は体験しました。しかし怒りや罪悪感はなかったです。

死別そのものの苦しみ、悲しみに巻き込まれ、生活に影響があるという状態は死産の場合3,4年たったころから少なくなってきました。

祖父母たちとの死別の場合は高齢ということである程度予想もできていたことから、死別そのものの苦しみはもっと短かったです。

何年経っても夢に出てきますし、忘れることは決してありません。

生きていると死別ということ以外にも、心を乱すような出来事に遭遇します。

小さなこと、大きなこと。

大きなことというのは、生きていく意味を問うようなことですが、そんな状況にある時、今生きている人から支えられるということももちろんありますが、亡くなった人の存在からも力をもらいます。

むしろ、そのほうが大きいかもしれません。亡くなった人との思い出や、私に注いでくれた愛が確かにあるということを、意識することで、私自身の生きる力になっているように感じます。

以下は大切な方を亡くした方のためのグリーフケアの場「遺族会」や病院の「遺族ケア外来」について書いている記事へのリンクです。

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読んでくださりありがとうございました。