暗く落ち込む、憂鬱な気分をらくにしたい。

憂鬱な気分をらくにしたい

人間はみな明るい気分と暗い気分の両方を繰り返すということを知っておく

健康な人であっても毎日毎日

100パーセント「明るい気分」で過ごしている人はまずいないでしょう。

 

明るい

どちらかというと明るい

普通

どちらかというと暗い

暗い

 

 

という(おおざっぱに分けましたが)状態の中で

上に行ったり下に行ったりします。

うつ病などを患っている場合は

暗くもの悲しい気分でいる時間がとても長くなります。

 

明るい気分を感じたくても

脳がそのように反応しているので

病院にかかることが必要です。

うつ病というわけでなくても

健康だけれども

もの悲しい気分になりがちな気質の人はいますし、

季節や天候など日照時間も

人間の気分に影響を与えます。

 

気分が落ち込んでやる気が出ない、

なんだかもの悲しいし、

物事を楽しめないというのはに日常普通にあることで、

これは一時的なものなんだとあらかじめ知っておくと

「あ、また沈みがちになったな。でもこれは天気のせいだな。2,3日経てばやる気も出るよな。」

と冷静に見つめることができます。

 

宗教的修行「霊操」の本にも書いてある。人間の気分は「なぐさめ」の状態と「すさみ」の状態の繰り返し


ここでは「霊操」の中身について詳しく述べませんが

簡単に言うと

「なぐさめ」=明るく平安な気分。自分や他者に対して優しくなれる

「すさみ」=暗く物悲しい気分。やる気が出ず、何をするにもおっくう。人に対しても優しくなれない

これら二つの状態を繰り返すといわれています。

 

「霊操」という宗教的修行をやっている修行者は修行が進むにつれ

これら二つの「差」が激しくなることもあるようです。

 

宗教的修行をやるということは

自分を通して神様の意思が働くように

この世で神様の道具として、

エゴの願いではなく、神様とつながっている真我の願い

すなわち「使命」で生きるということ。

 

その「使命」に近づこうとすると

「邪魔するもの」というのが必ず出てくる。

 

それが「すさみ」の状態ともいえるわけです。

 

宗教的修行など私の生活には関係がないという普通の人であっても

人間であれば生きているその状態ですでに「修行」です。

 

なんらかの宗教に属しているいないに関わらず

生まれた時からもうそうなっていて

意識するしないに関わらず、

みな自分の人生を一生懸命生きているわけですが、

ある時は平安で明るい気分、やる気があふれて自分は大丈夫だという

自己信頼の感覚も持っていますが、

ある時は暗く沈み、なにをやってもうまくいく気がしない、

やる気も出ないし、自分はダメだと思ってしまう。

 

普通に健康であれば良い気分でいられるときの方が

多いと思いますが、

いつもいつもそうではない。

暗い気分になることがあって当たり前です。

 

憂鬱な時は

「自分だけがそうなのかも」

「私がおかしいのかもしれない」と思うかもしれませんが

程度の差はあれ誰もが体験していることです。

対策。ラクになる方法は?


◇明るい気分と暗い気分は繰り返すのが当たり前ということを知っておく

おすすめ!イシドロ・リバスの本

二人の自分―心の動きをみつめては「霊操」を説明したものでもありますが、

「霊操」を知らなくても読めます。文章が簡単なのも良いです。

また、なにか決断する際には「なぐさめの時」にすること。

「すさみ」の時になにか決断するのではなく、またその時に「なぐさめ」の時にした決断を

「やっぱりあれは間違いだったのではないか。」

という考えが頭をよぎるかもしれないが、

「すさみ」の時に決断を変えてしまってはダメということも書いてあります。

心の中には二人の自分がいるということを知っておくだけでも違います。

 

◇憂鬱な気分がちょっとラクになり、落ち着いた気分になる方法

私の場合ですが

「聖なるもの」に触れることが心を落ち着かせるのに役に立っています。

音楽だったら演奏者や作曲家、

本であれば著者が

優しい平安な気分で愛を込めて、

さらにはその人たちを通して神様仏様の力が働いているのだと思います。

 

だからなのか不思議と平安な気持ちになり、

大丈夫なんだと落ち着いてきます。

 

音楽でも絵画でもなんでもいいのですが、自分が落ち着くものを見つけて

それに繰り返し触れるといいですね。

 

なんでも有名な人が作った物とかではなくても

子どもにもらったメッセージカードなどでも、心がこもったものには力があります。

 

ここでは私が実際に読んで気分が落ち着いた本をいくつか紹介します。

 

まずは鈴木秀子先生の本。私は2007年に行ったホリスティック医学の講演会で

初めて鈴木先生のお話を聴きました。講演もすばらしかったですが、本もすばらしいです。

文面から「慈しみのこころ」が伝わってきます。

沈んだ気分を吹き飛ばしたいけど、一気にテンションを上げる元気もない・・・という時に。

奇蹟は自分で起こす―幸せになる1ミリの法則

臨死体験 生命の響き

 

 

2017年にお亡くなりになった日野原重明先生の本も、文体から先生の優しいお人柄が伝わってきます。

しんどい時は読みやすい本がいいと思いますので

10歳向けに書かれたこちらがおすすめです。

十歳のきみへ―九十五歳のわたしから

 

そして上智大学グリーフケア研究所でお世話になった高木慶子先生の本

それでも人は生かされている

やはり私の好みが「スピリチュアルケア」や「ターミナルケア」の分野であるため

そのような現場でご確約の先生の本が多くはなるのですが・・・。

自分の心が落ち着けばなんでも良いです。

 

 

一つ注意したいのは

似たようなことが書いてあるのかなあと買った本が

同じようにこんな人がいて、こうこうで、という話を書いてあるわけですが、

著者によっては

「世の中はこんなに辛いことがある(だから不幸)」

「どうにか世の中を変えなくてはならない(強制)」

「苦しんでいる人がいる。このままではいけない。人助けをしなくては今のままではダメ(欠乏)」

という風に

読んだ後余計に気分が落ち込むようなメッセージが伝わってくるものもあり注意が必要です。

一見、立派な著者で実際にそうかもしれませんが

「すでに満たされていて愛があふれ出している」という場合と

「どこか欠乏感を抱えていてそれが読み手に伝わり、正しいこと、良いことを言っているんだけど読むと苦しくなる」

場合があります。

愛があふれ出している著者の本を読むと、

「ああ、自分は大丈夫なんだ。こんな自分でもいいんだ。」

とほっとした気分になります。

しかし後者の場合は
「やっぱり変わらなくてはダメなのかな。そんなに頑張るのはしんどいな」

というなんだか自分を否定されたような気分になります。

ですので、沈んだ気持ちをちょっと忘れたいな、心に落ち着きがほしいな

という時は「静かだけれども、慈しみや愛、平安が感じられる作品」または「そのような人」に触れましょう。

 

ちょっとでも外気に触れる。体を動かす


気分が暗くなるのは雨の影響ということも多いのですが、

晴れていればちょっとでも陽に当たりましょう。

ちょっと外に出る、外気を吸う、体を動かすということも大事です。

 

実は瞑想修行も、ただ単に座って目を閉じて瞑想・・・

というのではなく、

できれば「気」の良い場所に行き(無理だったら家でもいいのですが)

体を動かし(ラジオ体操程度でも)、

何度か深く呼吸する

それから瞑想に入るというステップがあります。

その方がエネルギーが入ってくるため修行が進むというわけですが、

普段の生活でも

普通に体を動かしたり、

外のキレイな空気を吸うといったシンプルなことが意外と役に立ったりします。

 

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