入院中の宗教的体験・覚醒体験・一瞥体験・インスピレーション概要

 

キリスト教では「肉に死に霊に生きる」仏教では「大死一番、絶後によみがえる」

2007年の神秘体験・一瞥体験のことを書いた別ブログの記事を一部訂正して載せます。

2013年2月、3月に執筆。5年前です。

現在11年経ってしまっているので記憶がちょっとぼやけてきていますが、

2013年ということは一瞥体験から6年後。

今よりはまだはっきりと感覚が残っています。

 

まずは人間の構造がどうなっているのか、

宗教や本かヨガ、心理学、ヒーリングの本から学んだ人間の構造です。

人間の意識と次元構造

人間の構造「人間は複数の身体がある多次元構造の存在 にも書いている内容です。

 

・     肉体

・     エーテル体 好き・嫌い、快・不快などの感覚や感情を扱う→気功などの代替医療で扱ったりする

・     アストラル体 感情

・     メンタル体 知識や叡智

・     コーザル体(原因身。ここまでが個人のたましい) ※ヨガでは「カラーナ」

・     スピリチュアル体(ここからは個が薄くなり全体意識とつながる次元)※ヨガでは「プルシャ」

・     コズミック体 (宇宙意識)

・  (モナド)宇宙即我 / 梵我一如

 

心理の用語で図解すると

顕在意識・表層意識    ③言動・行為・行動:ビリーフや感情に基づいて人は動く                                          

↓            ②感情:ある出来事に対しての反応。土台となるビリー フが元に発生

潜在意識・深層心理    ①土台:②、③の土台となるビリーフ、信念、思い込み、無意識レベルでとらえている

↓→ → → A: 種子(業)が強化 ビリーフが強化されるとますます状況は苦しくなり(あるいは喜びが増し)、苦しみのループに。(または喜びのループ。)しかし限界を超えるとBに行く

↓→ → → B: 種子(業)の消失、弱化 辛いと感じるビリーフ(喜びと感じるビリーフ)から解放され、癒しにつながり、自由度が増していく??しかし癒しや気づきの直前でAに引き戻す強大な力も働く(ここはまだ理解不足、説明不足です)

※AとBは光と闇、陰と陽の関係で1つのものには2つの面があるということ。AもBも超えることが本当の「癒し」

集合無意識

 

間とは?人生とは? 今まで体験したことのない世界が確かに「ある!」脳とは別のところで知覚するインスピレーション


2007年1月下旬から2月中旬までの入院中に入ってきたインスピレーション。

最初は「ゆるやか型気づき」

2月2日~4日頃は「劇症型気づき」

2月5日からは「ゆるやか型気づき」

2月15日に退院しましたが、その後数日から数週間は

日常でも必要なタイミングで必要なことが起こる

シンクロニシティが続きました。

以下、どれがいつのだったのかあいまいになってしまった部分もあります。

 

ゆるやか型は次元の浅い部分、劇症型は深い部分で感じたものかなと。

また、深く別次元につながっていた時のインスピレーションは

物理的次元の脳があまり働いていないのか

夢を見ていたような感じで記憶が乏しいです。

 

おそらく、ゆるやか型気づきの時はインスピレーションを脳でも知覚しているのが、

劇症型の時は脳の働きが弱まるのか、別の場所で知覚している感覚です。

普段脳で理解する感覚ではなく

もともと自分がスーパーコンピュータだったかのような

ものすごく明晰になにもかも理解できる感覚です。

 

それがたぶん上記の「コーザル体」または「スピリチュアル体」、

ヨガの用語では「カラーナ」「プルシャ」、仏教では「阿頼耶識」、

あるいは心理の用語でいうと個人的無意識から集合的無意識に移行する段階の部分で

感じていたのではないかと分析しております。

劇症型の時の方が、個人的なことを超えた

全ての人、宇宙に共通する普遍的な法則の色が強いように感じます。

 

劇症型気づきの最中は、現実世界よりも

「こっちが真実なんだ」というリアリティがものすごくあったはずで

その時は普段以上に何もかもがクリア、宇宙や天体の法則までもわかる感覚でしたが

脳がそれを取りこぼしているのか

あれほどリアリティのある体験だったのに、

内容に関してはあまり覚えていない

夢を見ているようだったと後になって思います。

 

次元の深いところでの変化は人生観を変え、人格の変容をもたらします。

カウンセリングやセラピーでも、

同じように深い次元の揺さぶりがあると変容につながります。

私が一週間の研修を受けている「臨床スピリチュアルケア協会PASCH」でやっていることはまさにそれでした。

 

まさにキリスト教でいう「肉に死に霊に生きる」

仏教でいう「大死一番、絶後によみがえる」ではないでしょうか。

 

当時のインスピレーションを「ゆるやか型」と「劇症型」に分類


以下、大部分は2013年に別のブログに書いたタイトルをそのまま載せています。

私が感じたことなので、表現としてはあまり宗教的ではないものもあります。

 

1.人生に不幸はない→ゆるやか型

2.叡智につながっている→ゆるやか型

3.それまでの人生の意味がわかった→ゆるやか型・劇症型両方

4.悟り・覚醒・変性意識→劇症型

5.すべての存在はお互いを支えあっている

6.今という瞬間しか存在しない→忘れた(ゆるやか型っぽい)

7.スターウォーズのイメージです→劇症型

8.全ては相を成している→劇症型

9.言霊もそれなりに意味がある→劇症型

10.本当は全て幻想で何も存在しない→劇症型

11. 「罪を憎んで人を憎まず」の意味がわかる

12.人は誰でも「原罪」というか「業」というか、その人自身の「エゴ」に引っ張られる。→だから「現在」「原罪」だけどひっくり返すとそのまま「いまここ」「愛」。うまくいってない人生をひっくりかえすと、それそのままでOK。

(それを克服するのが人生修行でもある。※私の場合は「人見知り」というキーワードであり業、罪。そのために人に対して本当の意味で心を開いてはいなかった。)

13.人生思い通り→劇症型

14.自分のなまえ。氏名=使命?前世、現世、来世ずっと「自分」を繰り返す→朦朧型

15.水は守ってくれる

 

ケン・ウィルバーの「意識のスペクトル」や

空海の秘密曼荼羅十住心論に

人間の心の階層が詳しく説明されています。

スピリチュアルケアの分野の大御所でもある

大下大圓先生の「密教 大楽に生きるワザ」にも

現代の心理学と仏教でずっと伝えられてきた内容がリンクしていることが述べられています。

 


 

長くなりますので数回に分けて掲載します。