自分の心が世界に現れる 

私の気づきを書いておきます。

私の内面での気づきなのでほかの人とは認識が異なるかもしれません。

仏教の唯識思想とよく似ています。

文章で表すことは困難で、矛盾を抱えることになるのだけれど・・・、

心の中が世界に現れる。

一人ひとりがその人の「心の中」に住んでいる。

世界は人の数だけある。

 

心の中というより「たましい」の中に抱えているもの、

 

自分の意識で自覚できるものと

 

自覚ができないもの。

 

 

自分以外の他人やモノは

 

自分の外にあるのではなく、

 

実は自分の心の中にある。

 

 

 

毎日朝起きて、ごはんの用意や家事をして、

 

電車に乗って仕事に行って・・・・

 

外の世界は自分の外にあるように

 

当然思うが、実は自分の心の中を歩いている。

 

他人を通して、または病気などの苦難を通して

 

自分のたましいに抱えてあったものが

 

現れてくる。

 

 

世界は自分の心。

 

自分の心が世界に現れている。

 

自分の世界は実は自分しかいない。

 

しかし同時に

 

世界は人の数だけあるというパラドックス。

 

 

 

出来事そのもの、

 

事象そのものではなく、

 

そこから生まれる「感情」や「こだわり」、

 

自覚はしていなかったかもしれないが、

 

育ってきた中で心に抱えることになったものであったり、

 

あるいは生まれる前からずっと抱えてきたものかもしれない。

 

 

 

普段は自覚することはなくても、

 

抱えてある「種子」が

 

発芽したということ。

 

 

他人の言動で心が傷つき、生きづらくなることがありますが、

 

他人が自分の外にいるのではなく、

 

心の中にいる。

 

 

つまり、他人の言動によって傷ついたかもしれないが、

 

それは実は自分でもともと抱えてあったものが

 

「他人」という見せかけのものを通して

 

表出している。

 

自分の「痛み」が他人の言動やあるいは病気や事故などの

 

出来事を通して現れている。

 

 

だったら全部自分が悪くて自己責任なのか、

 

あんなこと、こんなこと、

 

あんな悲惨なできごとは

 

いったいどんな意味があるのかと問いたくなる。

 

 

問いたくなるのは

 

外の世界が

 

自分以外のものからできている

 

と思っているから。

 

 

実は全部が自分自身の表現。

 

なぜ、どうして、と問いたくなるのは悪いことではない。

 

それを体験するために生まれてきたのだから。

 

傷つくということは

 

自分のたましいに抱えてある傷が

 

助けを求めているとき。

 

自分を責めたり、人を責めたりしてしまうかもしれないが、

 

辛さや苦しさを抱えている自分を

 

まず認める。

 

そして泣く。怒る。暴れる。人を頼る。

 

あるいは一人でひきこもる。

 

 

 

肉体を脱ぎ捨てて真実の世界に行けば

 

自分しかいない世界

 

個と個が分離していない世界を体験するが、

 

この世ように

 

自分と他人、動物、植物、家、乗り物、自然・・・・

 

とまるで別の存在にしか思えないという

 

体験をすることこそが

 

この世で生きる意味でもある。

 

 

周りの人やモノは本当は自分自身でもあるけれど、

 

見せかけ上「別の存在」として体験している今、

 

人やモノと丁寧にかかわっていくことが大切。

 

そして、なにより

 

自分自身の心を癒すことが大切。

 

自分をいたわり、慈しみ、大切にしていると

 

外の出来事も

 

人を通して

 

自分が大切に扱われるように変わってくる。

 

 

人から愛されている、大切にされているということは

 

実は自分で自分を愛し、ゆるし、大切にしているということ。

 

 

日常の表面的な意識では

 

実感することは少ないかもしれないが

 

たましいの奥にある

 

愛や慈悲が

 

外の世界に現れているということ。

 

愛=I。

(「ことば」にもしかけがいっぱい。)

 

どこまでいっても自分。

 

信じられないし、実感がわく人なんて

 

ほとんどいないだろう。

 

でも自分の世界には自分しかいないと思うと安心できる

 

生きていたら

 

いろいろな現象が次々に現れてくる。

 

 

 

死の淵から生還したときの気づきに

 

瞑想後、降ってくるインスピレーションが追いつきつつあるのでしょうか。

 

少しずつ、少しずつ

 

自分と他人は別の存在だという考えが

 

薄くなってきたような気がします。

 

日常の大半は他人とは別の「個」として

 

過ごしておりますが、

 

一人で静かにしているときなどは

 

上記のように

 

周りの世界は自分の心なのではという

 

実感がほんのちょっと、増えてきた気がします。

 
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唯識についてNHKでも語っていらっしゃる

横山紘一先生の著書です。

一人一宇宙ともおっしゃっております。