ライフワークまでの道のり概要~10年以上かかっています

ライフワークまでの道のり

もともと2017年10月16日に書いた記事です。

2018年2月に追記しています。

 

ライフワークといっても、いまだにそこに行く途中です。

自分の使命がある日突然わかったとしても、

「現実生活を優先しないといけない」という「アタマ」の声の影響は強いのです・・・。

「自分を生きる」ということは簡単なようで難しい。

 

死に直面して自分の使命が突然視えてそこに向かって猛突進できるかというと・・・

やはり疑うのです。

「ほんまかいな?」と。

 

使命が視えた衝撃はそれはすごいものですが

「勘違いではないか?」

とか

 

「使命にみせかけた破滅の道ではないか?」

 

「心のケアや人間の心のしくみについて考えるのは確かに私の好きなことだけど、

突っ走っていくことでお金が無くなって破産するのではないか?」

 

「『好きなことで生きていけるよ~』

という悪霊の声ではないか?」

 

「好きなことをしたいというのはエゴではないか、自分勝手なのではないか。」

「そこそこのところで普通に穏やかに生きていく、

自分は満足できなくても

ぱっとしないまま生きていくのが

全体のため、利他ということではないのだろうか」

 

そんな思いを抱くこともしばしば。

結局、「好きなことをして生きていきたい。けど自分を信頼しきれない。」

という思いがブレーキになっていたのですね・・・。

 

自分を信頼してぱっと飛び込むことがなかなかできない。

ゆっくりゆっくり、恐る恐る・・・・前進して後退して・・・

・・・みたいなことの繰り返し。

 

信頼しきれていないから、

それが恐る恐る行動するということにつながり、

結果本当にお金が減って困ったり・・・。

「どうしよう」という心の中の思いが

そんな困った現象になって現れていたのだと思います。

 

自分で自覚しているしていないにかかわらず、

心の奥底にそうなるだろうという信念、ビリーフが

現実に反映されますからね・・・。

 

 

10年以上かかり

ようやく今、「もうそろそろ自分を生きてもいいのではないか」という

自分への信頼が強まってきました。

 

生きていく上で大事なのは

やっぱり「生きている」実感。

自分の情熱を持っていることをやって

誰かの役に立てればそれは「利他業」にもなる。

 

私は人がその人らしく生きていくサポートをする、

それが心のケアの役割だと思っているので

自分がまず自分らしく

自分のいのちを生き生きと生きることを許さないと、

自分のことを真っ先にどうにかしないと

人の心のケアや人のサポートまでできないと思うようになりました。

 

 

ここではその道のりを簡単にざっくりとですがまとめてみました。

一つひとつの詳細は今後アップしていきます。

 

 

道のりの概要を記録しておきます。

■2005年頃まで

夫と子ども二人と暮らす。

毎日のように子どもを公園に連れて行って遊び、

寝る前には絵本を読んだりしてました。

夫と二人でデートしたくても子どもが小さいので

出かけたことはありませんでした。→2007年12月に数年ぶりのデート

 

■2005年前後 江原啓之さんの本にはまる。しかし半信半疑。心が楽になるので読んでいた。

この頃は英語の教室を開業していましたが、

それだけでは収入が苦しく、

英語学習のHPでアフィリエイト(広告収入を得る)をすることに

結構夢中になっていました。

 

■2007年 死の淵から生還。スピリチュアルな体験。

仏教や哲学などで言われていることの意味がアタマではなく魂レベルで実感。

真実の世界を垣間見た一瞥体験。今有名になっている「引き寄せの法則」の原理も一瞬でわかった。

この時に自分の使命を視る。キーワードは心のケアと英語

中高生時代に興味があったけどあきらめた「心のケア」と

長年勉強してきた「英語」がつながる。

 

■2007退院以降 シンクロニシティではないかなどとあれこれ当てはめる。

しかし意識レベルは入院前の日常に近づく。

 

自分の身に起こったことはなんだったのか。スピリチュアルや哲学、宗教書の探求

自分の心のケア・グリーフケア。

3人目の子を死産したことが

現実だったんだと実感し、1~2年は毎日泣いていた。

 

上記を行ったり来たりしながら英語の仕事をまじめにやる。

現実生活と2007年に体験したことを一致させるにはまだまだ難しい。

子どものPTA役員を2年間。副会長から会長へ。

 

■2009年 英語講師の仕事を再開。個別指導の塾と大学の講師。

結構情熱を持って教えていた。

自分の心がまだまだしんどかったので

心のケアの仕事のことは「10年か20年後」との思いが。

 

■2011年 東北の震災の影響が強く、本当にやりたいことは何なのかを突き付けられた。

 

■2012年 英語の仕事はいつか辞める日が来ると意識しつつ、グリーフケア・スピリチュアルケアを学ぶ。

自分の感情を感じることの大切さを知り、何を感じているか意識するように。

死に直面することをもってしても、いまだに解決されていない心のしこりがあることを発見。

人生思い通りになると知ってはいても、望み通りにはならない現実。

 

 

■2014年 グリーフケア・スピリチュアルケアの仕事では食べていけないという現実。

英語の仕事で給料を得ながらグリーフケアの活動はライフワークとしてボランティアでかかわる。

 

 

■2015年スピリチュアルケア研修にて、別次元につながる感覚が戻ってきた。

より深い探求の日々。瞑想をまじめにやるように。宗教的修行の本を何冊か読みこむ。→2017年現在

自分は何を感じているのか、また言動の動機は何なのかを意識する。

 

■グリーフケアの講座などで少しずつお給料を頂けるようになる。

英語の仕事を辞めることを考えていたが、経済的不安のため続けることに。

瞑想のワークショップにいくつか参加。

→2017年現在も

 

■2017年 1週間のスピリチュアルケア研修。

英語の仕事を辞めても「居場所はある」という根拠のない自信がつく。

グリーフケアの講座のほうがお給料の単価が高いので、経済面は心配なさそう。

心のお天気具合を意識。調子の良い時、悪い時。嫌な感情が来たら「あ、また来た」と意識。

 

外の状況は私の思った通り、心の中が現れているんだという信念。

「引き寄せの法則」で言われている現実の創造が徐々に自分のものになっていく感覚。

 

今こんな状況

 

時期ごとの詳細はまた後日アップします。

 

2018年2月 ここから追記

■2018年英語の仕事を辞めた

昔は英語を教えることに情熱を感じていたが

ここ数年は自分のたましいの深いところの充足は感じられず、

私はもっと〇〇できるようにならなければならない

という「欠乏意識」でやっていたということに気づく。

グリーフケアは「自分の中にはできること、提供できるものがいっぱいある」という

満たされた意識でやっているということを認識。

辞めたばかりで不安な気持ちも強いが、

「お金を稼がないといけない」

「この仕事を辞めたら人にどう思われるかな」

というエゴが動機となった、不安がベースにあるのではなく、

「私はこれをやりたい」という情熱がベースにあることをするほうが、

やっぱり自分にとっても幸せということを実感。

 
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