自分で自分に規制している行為を他人がやっていると・・・

ここをクリックして記事を読む / 隠す

嫉妬を感じる


 

時系列がちょっとめちゃくちゃなんですが、

 

一週間後の研修までの準備として

 

気づいたことをそのまま書いています。

 

 

他人は自分の心の投影、

 

実は世界そのものがそうなのですが、

 

他人に嫉妬する感情は

 

私の場合特に2007年のあの入院まで

 

とても強かった。

 

あれ以来随分と弱まったものの

 

やはりこれだけはどうしてもという

 

無意識レベルで抱えるこだわりがあって、

 

そこにリンクした他人の言動に接すると

 

感情が揺さぶられるわけです。

 

しかし、一方では他人は

 

自分の心の投影なんだという実感も

 

ここ1年ほどで

 

強まってはいます。

 

まあほとんどの時間は

 

そうは思えなくて

 

他人と自分は別の存在だと感じて過ごしているのが

 

日常ですが、

 

それでも心を落ち着かせると

 

ちょっとはそんな感覚になります。

 

ああ、自分の心が外の世界に現れているのだな

 

と、冷静に見ることもできるようになってきました。

 

 

でも、まだ抱えている感情というのがあって、

 

それが「自分で自分に我慢させている行動」

 

を他人がいとも簡単そうに振舞っている

 

わたしがほしいもの(ほしい感情、感じたい感情)を

 

他人(それも倫理的・道徳的にどうなの?という人が)

 

が手に入れているを見ると

 

感情がかき乱されるわけです。

 

私から見て普通の人、人として倫理的にも道徳的にも

 

誠実に生きている人が同じことをやっている場合は

 

納得なのですが・・・。

 

 

 

日常ではあまり目立たないように

 

主張しないような恰好をするようにしていて

 

贅沢をしていると思われるのも面倒くさいと思うのと

 

他にも私のようにいろいろと我慢をしているであろう

 

周りの人の気持ちを考えると

 

やはり同じように

 

「わたしは我慢しているのに」という

 

その人たちの感情をかき乱さないように

 

目立たず地味な恰好をしていました。

 

心理的な理由ともう一つ、

 

出来ている出来ていないに関わらず

 

仕事や家族の用事で出かける前は

 

家のことを優先していつもやってきたつもりで、

 

それに時間を費やしていると

 

自分の身なりに構う時間が無くなるというのもあります。

 

 

・・・いろいろと思い出しながら書いていると

 

ちょっとイライラしてきて

 

文章がトゲトゲしいですね。

 

しかしこれは浄化のプロセスということで

 

もうしばらくお付き合いください。

 

 

言いたいのは

 

自分で自分に我慢を強いてきて

 

「なんでこんなに我慢せなあかんのや!」

 

「なんでわたしはまともに生きてるのに日陰の存在みたいに

いつも地味に目立たず従順なフリをせなあかんのや!」

 

 

という気持ちを抱えています。

 

おそらくこれは幼少期からの体験の影響が大きい。

 

好きな髪形をさせてもらえずに

 

周りの女の子ばかりが

 

「かわいいかわいい」と言われているのに

 

その中に入れなかったので。

 

 

 

たかが「髪形」かもしれませんが

 

自分らしさというものを

 

押さえつけて生きてきたという

 

思っている以上に

 

深いスピリチュアルペインではないだろうか?

 

髪形のこと以外にも

 

私はいままで

 

複数の「死別」も体験しているし、

 

台風災害により

 

幼少期に過ごした

 

父の実家も取り壊すという

 

喪失も体験。

 

 

自分も生死をさまよい

 

子宮摘出という大きな喪失を体験.

 

 

喪失体験はほかにもまだまだありますが

 

そのような複数の大きな体験をしている私が

 

一見どうでもよさそうな

 

「髪形」を好きなようにできなかったという

 

自分らしさを否定されたことが原因で

 

それがのちの人生にもしかも生死に直面して

 

神秘体験のような

 

人生観ががらっと変わる経験をしたとしても

 

その後も抱え続けているというのは

 

相当根深いものなのでしょう。

 

 

 

「自分らしさ」という

 

外から見てもあまりピンとこない

 

スピリチュアリティの一つですね。

 

 

 

 

 

「わたしは女だ」

 

と正直に表現したい。

 

こういう気持ちを抱えているため

 

ほかの人(特に人としてどうなの?という人が)

 

そのようなものを身に着けて

 

幸せそうにしていると

 

自分は我慢している分

 

余計に腹が立つというわけです。

※日常で普通に接するまともな人には腹が立ちません。

 

 

 

「投影」とわかっていても

 

感情がかき乱されるのですねえ・・・。

 

これはもう自分に我慢しなくていいと

 

許可を与える、

 

自分を表現していい、

 

つつましく地味で従順なフリは

 

もうしなくていい、

 

欲しいものは自分に許可を出していい

 

と心の深いところで認めていい。

 

 

周りの人の言動や反応は

 

結局は全部自分の心の中投影。

 

だったら人の目を気にすることはない。

 

どこまで行っても

 

接するのは「自分の心の一部」。

 

他人のように見えてはいるけど

 

本当は「自分」なんだから

 

自分が自分に遠慮するのは馬鹿らしい。

 

 

・・・とりあえず今の気持ちでした。

 

とここまで書いたのは6日前。

 

現在8月26日。

 

気持ちとしては随分と落ち着き、

 

やはり自分のいのちを

 

誰かの心の平安のためにつかいたいという

 

思いがまた強くなってきました。

 

なんのために生きているのか

 

なんのために私の先祖は

 

苦しい思いをして

 

若くして亡くなったのか。

 

先祖の思いも「生かしたい」です。

 

そのために

 

グリーフケア・スピリチュアルケアに携わっています。

 

明日からいよいよ研修!

 

コメントを残す