「生きるのがしんどい」それは自分らしさを出せないから

生きるのがしんどい。ありのままの自分。自分らしさ。

どうして自分らしさを出せないとしんどいのか

人は誰でも、

余計な力を入れずに、無理せずに自然体の自分でいられる状態が心地よく感じます。

あれこれと心配したり、他人の目を気にしたり、失敗したらどうしようなどと考えると

それらの不安に心がとらわれた状態になってしまいます。

少しくらい不安に感じるようなことはあっても普通で、

それに振り回されずに日常を快適に送ることができればいいですが、

生きづらいと感じるほど、他のことに注意が行かなくなるほど、人生が楽しめなくなってしまうほど

振り回されてしまうと本当にしんどいですね。

このような生きづらさは一体どこからくるのか考えてみると

ほとんどの場合育ってきた環境に由来します。

・ありのままの自然体の自分でいることができなかった

・親の顔色をうかがって、自分でも自覚なしにあれこれと気を遣っていた

・親自身が自分に自信がないために、世間の目を気にしてそれを子どもにも押し付けた

・親を心配させまい、あるいは反抗してはいけないといい子でいることを余儀なくされた

ほかにも挙げれば色々ありますが、このようなことが積み重なって

自分でも知らないうちに行動パターンが出来上がってしまうのですね。

「毒親に育てられた」と感じている方は上記のようなことが実感として感じられるかもしれませんが、

「私は愛されて育った」と思っている方にも案外当てはまったりします。

自分らしさを出せない子ども時代

例えば、本当は身体を動かすことが好きで活動的なタイプなのに

もっとおしとやかになりなさいなどと

活動的な部分を否定され続けた。

逆に感性が敏感で大人しいタイプなのに、もっと人前に出てテキパキ動きなさいと育てられた。

歌が好きで大きな声で歌っていたら「下手」と言われ、それ以来自信が無くなって歌うことがイヤになってしまった。

些細なことのように思えますが、

自分本来の素の部分、持って生まれた資質や好みを否定され続けると

自分はこのままではいけない。

私のこういう部分はダメなんだ、欠点なんだ。

だから直さないといけない。

もっと人に受け入れられるようにならなければいけない。

このように思うようになります。

子どもですから言葉にして考えているわけではありませんが

自分のこういうところはダメ、だから変わらないといけない

という思い込みが出来上がっていきます。

そして子どもは親に認めてもらいたい、受け入れてもらいたいという強い欲求があります

 

「ありのままの自分を受け入れてもらえた、認めてもらえた」という体験の積み重ねがあると

その子は本来の自分、ありのままの自分を受け入れることができるようになりますし、

色々なことに挑戦する意欲も育っていきます。

 

しかし、受け入れてもらうためにはありのままの自分ではなく、別の性格や能力が必要となると

本来は活発な資質であった子は活発な自分ではダメなんだと思い、嫌いなお稽古事なんかを頑張るかもしれない。

感性が豊かで大人しい子は、泣きたくても我慢し、感情を出さずに表面上はテキパキとしっかり者に見えるよう努力するかもしれない。

親自身が自分に自信がない場合、自分の感覚は間違っていて、世間の価値観が合っている

という考えを押し付けてきます。

親自身も自分たちが一体どのように感じているかさえわからずにいるので

世間的にはこれが正しい

と親が思っていることを子どもにも勧めるというわけです。

結果子どもも「自分の感覚はそもそも間違っている」という思い込み、ビリーフが出来上がっていき、

自分の感覚や自分の感情を見ないように、

とりあえず周りに望まれているであろうことをしよう

と本来の自分を抑え込んで別の人間になろうと努力します。

人によっては、それが頑張る動機になって情熱を持って何ごとにも取り組めて良かったと思うかもしれません。

しかし、本来の自分を抑えて無理して自分に合わないことを課しているということですから

どこかの時点で「なんだかしんどいな」と感じるようになります。

そして「今まで他人の機嫌を取るために頑張ってきたのか」と気づく時が来ます。

その根っこは「親に受け入れてもらいたい、認めてもらいたい」という欲求です。

 

他人の機嫌を取るのをやめたい

今まで他人の機嫌、つまり親の機嫌のことですが

それに左右されてきたというわけです。

そしてそうやって生きてきた影響は心の奥底に根強く残っていて、

他人の機嫌を取らなくてもいい、自分の気持ちを最優先しよう

と頭でわかっていても感情や身体が反応して「生きづらさ」を感じることになります。

いざ、本当にやりたいことをやろうと行動を起こすが、

「そんなことをやっても無駄」などと言われるとその一言で一気に自信が無くなって行動に移せなかったりします。

また自分の仕事や作ったものなどに対して

他人から批判されると必要以上に落ち込んでしばらくの間仕事や家事に集中できない

などということもあるのではないでしょうか。

 

人格を否定されたわけではなく、そう理解していても、心がついていけなくて深く傷つく。

また、ありのままの自分を正直に出そう、好きな服を着たり、好きなことを始めようとすると

実際外の世界でそれを邪魔するような働きが現れることがあります

今まで親の好みにばかり従っていてしんどかったから、今度からは自分の着たい服を着よう。

そう思い、服を買って着てみたとしても、友達に「似合わない」と言われたりということが起こります。

一種の抵抗反応というか、やはり自分の中にまだまだ自信のない部分があるので、そう言われて傷つく、そしてやっぱり元に戻ろうかなどと思ってしまうかもしれません。

これは一種の「試し」みたいなものです。

「ほらほら、お前、また他人にあれこれ言われて気になるやろ。本当に自分を貫けるのか~?」と。

 

ここで負けてしまうとまた「他人軸」に逆戻りですので、

踏ん張って「これは一種の試しだな」と理解して自分を優先することが大事です。

毒出し、デトックス、断食、掃除など、身体や運気が変わる前に

一時的に状態が悪くなったように感じる「好転反応」と呼ばれるものがありますが、

それと似たような反応です。

自分で自分を認めること、自己受容

根っこにあるのは「親に認められたい」という欲求ですが、

これが叶えられていないからしんどさに繋がるというわけです。

「本当は自分はダメなんじゃないか」

「素の自分では認められないんじゃないか」

「だったら今から親に受け入れてもらえばいいのか」

「親に手紙でも書いて謝ってもらえばいいの?」

「私の親はもうこの世にはいないからそんなことできない。」

「いや、うちの親は大人になってからの私は認めてくれてるから必要ないんじゃない?」

受け入れてもらう体験はとても大事ですが、

実際に親を巻き込む必要はありません。

また今現在、親子関係がとても良いという場合でも、過去の痛みが癒されているとは限りません。

「ありのまま自分を受け入れてもらった」という心理的な体験があればいいので、

実際の親云々というよりも

信頼できるカウンセラーやセラピストにその役をやってもらったりすることで過去の問題を完了させれば

生きづらさは軽減します。

「本当は〇〇したかった」「本当は〇〇したくなかった」

「本当は〇〇してほしかった」「本当は〇〇してほしくなかった」

このように、過去に不本意ながら他者(親)の言うことに従ってきた際の

心残りの感情、未完結の感情をもう一度拾い上げて

「完結」させることです。

そして何より大切なのが受け入れてもらった体験を通して

自分で自分を受け入れること、自己受容が進むことが最も大切です。

他人の目が気になる、嫌われるのではないか、批判されるのではないかなどと心配になるのは

結局は自己受容の度合いによるのです。

自己受容が進むと、あれこれと人目を気にすることが減るので

自由を感じることが増えてきます。

また「自分はできる」

「やりたいことをやっていい」

「ネガティブな気持ちを感じることがあるけど、それもOKなんだ」と、

良いところも悪いところもあるのが自分、そんな自分を大切にして生きていっていいと思えるようになります。

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