300家族いたらうちは下から5番目くらいかな

実家に帰省した際の気づきがこれです。

実際に他の家庭と比較しているわけではなく、あくまで「体感」として。

この気づきのあと、グリーフケア研究所の研修に行きました。

その際に「祈りの時間」があり自然と母への感謝、厳かな雰囲気の中、その場に導かれたご縁への感謝の念がわいて涙が出たのですが、

ここ数日間心の中でいろんなことが起こっています。

その時の感謝の気持ちについてはまた別の機会に書きますが、今回の気づきはそれとは別です。

どうして私ばかりが損をしないといけないのか。理不尽な思い

育ってきた環境が機能不全家族だったという気づき。

愛情はあるのです。確かに。

しかし自由に気持ちを表現することや、

やりたいことを自由にやる、

好きな格好をするなどということが許されることが少なく、

他人の目を常に気にする親だったので子どもの気持ちはそっちのけでした。

子どもが喜んだり、幸せを感じることよりも

自分が他人からどう見られるかと気にし、

外出するときは父の選んだ服を着るのが当たり前、

髪型も伸ばしたかったのに常にショートにさせられ、

私はこのことを35年以上経ってもまだぐだぐだぐだぐだ言っています。

友達がフツーに好きな髪型をする中、どうして私だけそれが許されないのか。

そのせいで男の子に間違われる。

親の言うことにしぶしぶ従い、

自分の欲求を我慢して言うことをきいたのに、

我慢してえらかったねと報酬をもらえるどころか男に間違われ

なぜ傷つかなければならないのか。

お金がかかるからダメというのなら理解ができる。

しかし髪の毛は自分の身体の一部なわけで

他の子たちが自由にしている中、どうして私だけがいつもいつも我慢ばかりしないといけないのか

心の欲求とは異なることを無理やりさせられ、その上心に傷まで負った

という怒りは相当根深い。

髪を伸ばしたかった、自分の好きなように自由にしたかったという気持ちと

私のことを第一に考えてほしかったという怒りと悔しさの念。

私と一緒にいるのに

どうしていつも他人が主役で私が「わき役」のように扱われるのか。

嬉しいことや得意なことがあって伝えても毎回それを否定されけなされ、欠点を指摘される。

どうして子どもの私の方が親のゆがんだ気持ちを汲み取り、寄り添わないといけないのか。

どうして私が心から望んでいることを許してもらえないのか。

自分が自分らしくあること、喜びを抱くことを許してもらえないのか。

代償行為として私は勉強、特に英語をマスターすることに情熱を傾ける学生時代でした。

英語そのものに興味があったというより、自分の存在を知らしめる手段として。

このような環境で育ったので、主体的に生きるということはダメなことなんだと思っておりました。

自分の欲求は我慢しないといけない、

いやなことでも我慢して、

他人が気分を害さないようにすること、

エゴをなくすことで

それが正しい生き方だと勘違いしていました。

個性を出すことや自分を主張することと、自分勝手と混同しておりました。

生死をさまよって大きく気づきが開かれたおかげで

やっと自分を大事にしていいということがわかってきましたが、

まだ根強くブロックが残っている部分があるようです。

 

 

今回の帰省中、正月にyoutuberの方が亡くなったというニュースを知り、

上の子がその人のファンとのことで落ち込んでいたのですが

父が「死んだ人のことはどうでもええ!」と。

子どものころは気づかずにいたのですが

相当ひどい環境で育ったのだということが改めてわかりました。

記憶には残っている部分は少ないかもしれませんが、

私は気持ちを正直に出してはいけない環境で育ち、

誰も私の気持ちに寄り添ってくれる人がいなかったということに気づきました。

夫も父とのやり取りの中、私たちと父とのやり取りを見る中

これはおかしいのではないかと思う場面がいくつもあったと言っておりました。

 

ここまで書いておいて変かもしれませんが、

父のことを嫌いというわけではなく、

毎日家族の健康と無事をお祈りしていますが、その中に父も母もいます。

カウンセリングやグリーフケアのグループワークでさまざまな方のお話を聞かせていただきますが、

私の育った家庭も相当ひどかったのだなとつくづく思います。

私にはありませんでしたが父から身体的な暴力を受けた家族もいますし、今もです。

ですので体感的に300家族いたら下から5番目~10番目くらい。

 

3歳の時点ですでに空気を読んで、そのせいで自分を出せない子に出来上がっており、

生きづらい人生が始まりました。

天真爛漫な子ども時代などほとんどなかったです。

精神的に調子の良いときは目の前のことにも集中できますし、

人にも優しくできますが

何かトリガーとなるきっかけがあるとすぐに解決されていない感情がまた呼び起こされ、

「どうしていつもいつも理不尽な思いをしないといけないのか」

「明らかに人を傷つけたにも関わらず〇〇さんが良い思いをして、どうして私は誰も傷つけていないのに我慢ばかりなのか」

という思いにさいなまれます。

2007年に生死をさまよって気づきがあり、それ以来上記のような重い気持ちを抱くことは随分と減りはしました。

普段は圧倒的に平穏で落ち着いていることの方が普通です。

しかし弱っている時などトリガーとなる出来事や光景に出くわすと「ああまたか」となり、

割と短時間で元に戻れるようになりましたが、今でもあることはあります。

十数年前までは逆で常日頃からこのような思いを抱いており、平穏の方が珍しかったです。

ここに書いたのは本当にごく一部で、苦悩や悲嘆の多い人生でしたが

そのせいで自分の心を見つめざるを得なくなり、結果他者の心の内も

普通の人よりかは理解できるようになり、

人の話を聴く仕事をすることにつながっています。

私の心の喪失が誰かの心を理解することに役立っていれば幸いです。

心のケアとかグリーフケア、スピリチュアルケアの分野の仕事・ボランティア活動がなければ多分私は死んでいるのだろうと思います。

この活動があるおかげでどうにか生きております。

 

 

コメントを残す