孫が生まれて以来忙しくしていてなかなかブログを書く時間が取れないでいます。
孫が生まれたので「探求しすぎ母さん」から「探求しすぎばあちゃん」に変えようかとちょっと考えております。
でも最近はその探求も収まってきているので「探求しすぎたばあちゃん」でもいいかも。
そうそう、家族にも言っていませんが3月にKindle本を出しました。
中身はこのブログ内の「生死をさまよった体験」と大体同じですが、読みやすく書き直しています。
紙の本で読みたいという人もいらっしゃって、ペーパーバック版も作成しなきゃなんですが、なかなか難儀しております。
それからグリーフワークに関する2冊目の本も出したいのですが、時間が取れずいつになることやら。
今日は8月15日、終戦の日ですね。
以前、ブログにも書いたことがあったと思いますが、私の親戚が何人も戦争で亡くなっています。
まず、祖母の一人目の旦那さんが戦死していて、確か32歳だったと聞きました。
母の姉である叔母のお父さんにあたる人なのですが、その人から祖母に宛てた
まだ赤ちゃんだった叔母のことを案ずる手紙を見せてもらったことがあります。
我が子の成長した姿を見ることも無く、死んでいった叔母の父の無念さ・・・。
叔母は健常者として生まれたのですが、1歳の頃に重い病気にかかり、一命を取り留めたものの脳性麻痺の後遺症が残り、障害者となりました。
立つことができていたのが立てなくなり、少しずつ片言でおしゃべりができていたのが全くできなくなったそうです。
自分の夫が戦死、1歳の娘は重い障害が残り、元来楽観的は祖母でさえ、当時は電車に飛び込んで死ぬことも考えたと聞きました。
叔母が再び立てるようになったのは6歳の頃だそうです。
祖母は私の祖父となる人と再婚し、叔母が10歳の時に母が生まれます。
その祖父もまた、戦争で前の奥さんと娘を同時に亡くしていました。
二人とも空襲で亡くなったとのことで、墓石には二人の名前と昭和20年7月24日の日付があります。
和歌山県のとある市ですが、その地区で亡くなった50人に含まれていたようです。
助かるか助からないかは本当にほんの少しの差だと思うのですが、亡くなった50人の中に自分の家族が二人も含まれていた祖父の絶望はいかばかりかと思います。
祖父と祖母はお互いに家族を亡くした者同士だったこともあり、再婚。
祖父は祖母より27歳も年上だったようで、私が生まれる前に亡くなっています。
祖父は極度の心配性だったようですが、戦争で家族を二人も亡くしたのだから無理もないでしょう。
「また同じような不幸が起こったら・・・」と、考えたくなくても考えてしまうのだと思います。
私の母が心配性なのも祖父の影響でしょう。
家族を大事に思うあまり、心配性になるのでしょうが、そうなると子どもは安心できないのですよね。
それでも祖母はどんと構えているタイプだったようで、母は祖母をよく頼っていました。
祖母は霊能力もあり、滝行をはじめ霊的な修行もしていたようです。
戦争によって、人生が大きく揺さぶられた体験が大きいのではないかと思います。
私も生死をさまよった際に別次元の存在を感じ、人生観が全く変わりましたが、おそらく祖母もそうだったのではないかと今になって思います。
子ども時代、早朝から仏壇の前でお経を唱え、神棚にもお供えを欠かさない祖母の姿を見て育ってきました。
子どもの頃は何も思いませんでしたが、28歳で生死をさまよった際、その祖母の信仰もまた、私のいのちを助けてくれたのだとわかりました。
当時祖母は90歳を過ぎていて、昔のように仏壇に手を合わせたりは多分できなかったでしょうが、昔からの祖母の祈り(この場合は祈りと言っていいのかわかりませんが)、家族を思う想いが時空を超えて、支えてくれているのだと感じたのです。
ちなみに入院中にテレパシーで会話をした相手は私が15歳の時に亡くなった父方の祖母のような気がします。
関連記事:13. 神秘体験?それとも脳の中の妄想?
・・・祖母の話が長くなりました。
私の場合、父も母も心配性で不安の強いタイプです。
体調が悪い時やケガをした時など、あんまり心配させると逆にこっちがしんどくなるので、自分でどうにかしようとする傾向にありました。
ちょっとしたケガであっても、親の方が過剰に心配するため
「ひょっとしたらばい菌が体中に回って私は死ぬのではないか」
と自分でも思ってしまうのがいやで、傷があっても自分で対処するような子どもだったように思います。
戦争など生命の危機を体験すると価値観や性格が変わり、人への接し方が変わり、子や孫にまで影響するということを改めて思い知らされます。
戦争で亡くなった親戚の人たちには会ったことはありませんが、祖父や祖母にとって、本当に大切な存在であり、その大切な存在がいなくなることで、自分の存在までもが根底から覆され、絶望の日々を送ったことでしょう。
「悲しい」という言葉では表現しきれない体験をした人がいたことを心に留めておきたいです。
平和で安心できる、優しい人たちに溢れた世の中であってほしいと思います。
まずは自分に優しく(^^)
お読みくださりありがとうございました。

