一人になって内省し、心を深く探り出てきたものを文にしたい

ここ数年自分のライフワークに向かって進んできました。

スピリチュアルケア・グリーフケアの活動を続けてきましたが、2019年に突如活動を中止せざるをえなくなり、外での活動がぐんと減りました。

そして同時に全くやったことのない仕事に就くことになり、今に至っております。

最初はフルタイムで働き、家事のしわ寄せと環境の激変から「これではもたないのでは?」とストレスがたまる一方だったので、パート勤務にしてもらいました。

2人態勢だったところを3人態勢に変わり、どうやら異例のことだったようですが、言ってみるもんです。

しかし、やはり私の本業はスピリチュアルケア。

資格はまだ申請しておりませんが、長年学び、研修も複数回受けてきました。

「何をしたいか」を問われると、相談者と深く対話をし、その人自身が「本質」とつながり、気づきや癒しを得られるようサポートすることです。

このブログもライフワークの一つであり、書くことで自分のセルフケアにもなっております。

ふと思ったのが、今仮に病気になったとしたらどうしたいのだろうかということ。

病気になったら、しばらくは治療のため外出できなくなるので、誰かの話を聴くのは不可能。

でもブログは書くことができるのでブログは書きたいなと思います。

今は実はあまり集中できてないんですね。1記事書くのに数日間かかるのが当たり前なのですが、途中で集中を妨げられることが多いので、いくつかの記事は中途のまま終わり、次に書こうとしたとしても続きの言葉が出てこずに「ボツ」にしたものも多いです。

だから本当に書きたい内容がうまくかけない、そういった心の深い次元までつながることができずにいるので、フラストレーションがたまるのです。調子のいいときは瞑想状態になりサクサク進むのですが、その瞑想状態を邪魔されるのでどうしてもうまくいかない。

コロナ騒動もあり、それがなくても春休みで子どもたちが家にいます。

書いている途中で話しかけられたり、うるさい音が聞こえてきたり、部屋に入ってきたりされるとどうしても流れが中断されてしまいます。

おまけに家事が終わらないのでブログの執筆時間がもともとあまりとれない中、環境がこれです。

何日間か一人でこもって創作活動に集中したいと思いました。

さっきの話の続きですが、これがもし病気になったとして、何がしたい?と聞かれるとします。

「一人になりたい」といってそれが叶えられるでしょうか。

病気になった経験があるので、想像ですが、本当に人のことが愛おしくなります。しかし、同時に自分の本当の気持ちにもより一層敏感になります。

特に「私はこれのために生きている」というものがあり、その仕事をやりきったと言えるまでやらないと死ねない。

外での活動ができないのであれば、ブログという形で生きた証を残したい。

だから一人になって、集中する時間が必要なのですが、果たしてこれが家族に通用するのだろうかと。

寂しがっているのでは、誰かと話をしてアドバイスをもらったほうがいいのでは?などという余計な気遣いをしてほしくないです。

誰かと顔を合わせ、交流することで力をもらえますし、癒されることもあり、人と交流するのも大好きですが、一人の時間が絶対に必要なタイプです。

ブログを書きたい時は誰にも邪魔されずに、できれば数日間は一人になりたいです。

家族と一緒にいたいという気持ちももちろんあり、濃く深い時間を過ごしたいですが、スピリチュアルケアは私のライフワークであり、ブログは「書く」スピリチュアルケアでもあります。

今ブログの記事は450ページに到達しようとしていますが、「千の花」というタイトル通りとりあえずは1000記事という目標もあり、1000記事書いたとしても絶対にまだまだ書きたいことは出てくるだろうなと予想しております。

他の記事を今執筆中ですが、そんなこんなで集中できる環境ではないので、なかなかアップできずにいます。

読んでくださりありがとうございました。

 

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