最近あらためて気づいたことがあります。
人間関係に恵まれているので人とのやりとりで問題が起きることはあまりないのですが、
精神的に疲弊したことがありました。
ある相談事で公的機関を利用しますよね。
そこでなんだか私が責められているような感覚を抱いたのです。
利用したのは複数回、それぞれ異なる内容の相談事、公的機関もそれぞれ全く異なります。
丁寧に接してくれるのが通常なのですが、そうではないこともたまにあり。
そこを利用しないといけない状況になると「またあの人だったら嫌だなあ」と思ったこともあります。
「私、威圧的な人が苦手なんだわ」と。
まああこれは幼少期からなのですが。
その時は言語化できなかったのですが、なぜ疲弊し、エネルギーダウンしたのかというと、
「私の言い分を聞く気がないのではないか」
「人としてというより、モノのように扱われた」
「私という相談に来た人よりも、自分のもっと重要な仕事を優先しているかの態度を取られた」
「明らかに客を見下す態度だった」
どれも公的機関なので、「問題解決」が目的であるのは間違いないわけですが、私の相談事がその人の仕事内容にそぐわないものだったりすると、別の解決方法を提示するのは理解できるのです。
しかし、態度が横柄な人がいてものすごく疲弊し、ダメージが残ります。
ほか、相手は何度も同じ説明を来客にしているのでしょうが、早口なので私の理解が追い付かないでいると私の方が悪いみたいな態度で、怒られている気分になったこともあります。
私で理解できないのは他の人はもっと理解できないと思う。
言っている内容は正しいことを言っていても、言い方や態度で相手は「拒絶された」「責められた」と感じることってあるのですよね。
私自身は上記のような態度を取ることはまずありません。
放ったエネルギーは自分に返ってくるとわかっているので、しないのです。
今はしないのですが、子ども時代やっていたように思います。
機嫌が悪いと家族の誰かに八つ当たりしたり、何も考えずにやっていました。
その時のエネルギーが何十年も経て返ってきたのかもしれません。
とりあえず、その時のエネルギーが返ってきたのだとしたら回収できて良かったね、完了して良かったねということになります。
自分の中に自己信頼と他者信頼のエネルギーが残っていれば、相手に対して「その態度はおかしい」と冷静に、淡々と伝えることもできたかもしれません。
しかし、私自身、感情の揺れもあり、ブチ切れて応戦し、相手の人格否定という攻撃をしかねないくらい結構揺れていました。
冷静じゃない時はその場を離れるのが正解だと思います。
そして、私は自分の都合で攻撃のエネルギーを周りにまき散らさないようにしようと改めて思いました。

