2012年に執筆した記事です。
4月から通っているグリーフケアの講座で
グループワークを通して学ぶ授業がある。
10人前後のグループに先生が一人。
あるテーマを与えられ、
話し手はあらかじめ話を準備して、
時間配分に気をつけて話す。
話すうえでの細かいルールはなく、
原稿を読んでもかまわないし、
話す内容だけ準備して
あとはその場で話すという方法でもかまわない。
一方、聴き手が気をつけるポイントがある。
話を聴きながら
自分の感情がどのように動いたかということを
しっかり味わうということと、
感じたことを話し手に一言で伝えるということだ。
その際、「あなたはもっとこうした方がいいよ。」とか、
「こういう風に考えたらどう?」などという
アドバイスはNG。
話に対する自分の考えや感想を言うのではなく、
あくまで「自分の気持ちがどうか」ということを伝えるのだ。
(傾聴や相槌、返答の仕方などはまだ習っていない。今の時点では、自分の感情を味わい、表現するということにフォーカスしている。)
もちろん、伝え方にも気を配る必要があり、
相手を傷つけることを言うのは当然いけない。
話を聴いて、否定的な感情を抱いたとしても、
それは相手に原因があるのではなく、
そのように感じる自分に原因があるのだ。
どう感じるかは自分の問題。
相手に伝える際にはそれが
「花束」になるのか「生卵」になるのか、
よく考えて発言しないといけないとのこと。
話を聴いていて自分の感情が動かされ、
涙を流すということも多くある。
そのような場面でも
その涙は誰のための涙かということを
意識する必要があるとのことだ。
自分のために泣いているのか、
相手のために泣いているのか。
相手の話を聴き、
自分に重ね合わせて涙を流すということは
自然なことで、
ケア提供者であっても
100パーセント相手のための涙がと問われると、
そうではないということ。
割合はどうであるにしろ、
自分の中の何かに反応して涙が出るのだ。
話を聴き、自分の感情の動きを知ることで、
自分を知ることが大事。
聴き終わった後、感情を言葉で言い表すのが特に難しい。
頭で考えることに慣れていて、
感情を説明することは普段なかなか意識しない。
「背中の中を虫が走っているような、
ぞわぞわした気持ちの悪さを感じました。」
「氷の中に閉じ込められたような孤独を感じました。」
などと気持ちを説明するのだ。
表現力やボキャブラリーを増やす対策として、
文学や詩を味わう ということも勧められた。
この訓練のおかげか、
物事に対して頭で考える前に
自分の気持ちとしてどう感じるかを意識できるようになった。