1月1日から新たな習慣、「玄関の水拭き掃除」を始めました。
ここ数年、大がかりな掃除や片付けをする度、またスピリチュアルケアの研修などで自分に向き合う度、同じ気づきに至ることが多いです。
それは子どもたちを大切に思っているという気づきなのですが・・・。
心の深いところでは、そう感じていても、日常生活を送っていると
子どもたちよりも自分を優先したくなる気持ちを感じることが多いです。
日常生活でぶれたとしても、定期的に本心本音に向き合わされている感じです。
よろしければお読みください。
年末から以前好きだったけど今は使っていない本などを手放しました。
そして保険やお金関係などの書類、診察券、名刺、などの整理整頓。
それでも大掃除の時間が取れず、おまけに咳も続いているし手湿疹もあるので水回りは後回しに。
年が明けてから、大掃除とまではいかないですが、リビングの掃除を念入りにやりました。
風水では埃には邪気がたまると言われているので、タンス、棚、テレビの裏の埃を掃除。
そしたらやっぱり来ましたよ、強制的感情のデトックスが。
掃除と潜在意識はリンクしているように感じます。
関連記事:掃除・片付け⑥ 捨てると空いたスペースに入ってくる!?「感情浄化体験のぶち込み現象」
上記の記事を書いたのは2019年。
当時4回目のスピリチュアルケアの病院実習を受ける直前です。
この時も断捨離、片付け、掃除に力を入れていて、エネルギーが変わったのでしょうね。
その後人生の流れが変わりました。
ライフワークを一時手放すことになり、試練が続きましたが、必要なことが起きたのだと思います。
正月、掃除の後に色々と感情が揺れて。
結婚や出産、子育てをしたことに後悔の気持ちを私は抱いているのでは?と、今まで時々思うことがありました。
もし結婚せずに独身でいたらバリバリ仕事をして、経済的にも豊かになって、自己実現もできていたかな、と。
若い時の私は心が満たされていなかった。
お金はほとんど生活費や子どもにかかって、自分が欲しい物はほとんど買えない。
本当はもっと自分のためにお金を使って、仕事でも自信をつけて、心が満たされてから出産と子育てをした方が良かったのではないか。
今はある程度心に余裕ができたから、本当は今のような精神状態で出産と子育てができたら良かったのに。
ああ、本当は子どもたちにもっと純粋な愛情を注ぎたかったのね、私は。
自分の欲しい物とか、仕事の実力とか、自己実現とか、
これだけお金があっても自分のためにはあまり使えないとか、
そんなことを考えながら子どもに向き合うのではなく、もっと子育てに没頭したかったのかな。
「ママ大好き」とか、いっぱい手紙や絵をもらったのに、寂しい気持ちに応えてあげられてなかったのかも。
ああ、本当に、子どもを生んだ時、今のような心でいられたら良かったのにと思うけど、
今の心は子どもたちによって、学ばされたものなのかもしれない。
それでも、赤ちゃん時代から幼稚園時代まで、毎日のように公園に行ったし、寝る前は絵本を読んでハグをしていたのは良かったかな。
子どもたちが小学校に入り、私は外で英語を教えるようになり、仕事の準備で忙しくなり。
またグリーフケア・スピリチュアルケアに出会ったことで、そちらに没頭するあまり子どもたちへの気持ちがお留守になることも多かったのです。
「自分が何かに情熱を注ぎ、そのことで人に貢献できて、生き生きと生きられる」姿を子どもたちに見せたかったのも事実。
子どもたちには「自分だからこそ」と思える仕事や何かしらの活動を通して、充実感を感じてほしいと常々思ってきた。
幸い、二人の子どもたちは親がいなくても生きていける力はついていると感じます。
子育てや介護、心のケアなど、本当の意味で相手のケアに繋がるのは、
先に自分が満たされることが重要で、自分を満たして満たして溢れたものを相手に与えるのですね。
でも人生で難しいのは、十分な水準まで自分を満たしていたら出産のタイムリミットも過ぎてしまいますよね、もちろん人によりますが。
だから、満たされていない状態で出産も子育てもすることになる。
こうなっているのが人生なのではないかと。
「足りていない自分」で対応して行かざるを得ないのが人生なのかもしれない。
過去、至らなかった自分もまた、その時はその時の精一杯を生きていたのかな、と思います。
今日もお読みくださりありがとうございました。