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①人生に不幸はない。スピリチュアル・覚醒体験からのインスピレーション

スピリチュアル。インスピレーション。人生。不幸。この世。

2013年執筆記事です。

生死をさまよった際に体験したいわゆる

「神秘体験」「宗教的体験」「覚醒体験」「一瞥体験」「変性意識」と呼ばれているスピリチュアル体験からの気づきです。

インスピレーションが勝手に降ってくる、心の中にわいてくる状態でした。

当時の感じた感覚そのまま書いています。

1.人生に不幸はない

人生に不幸はないのだとわかりました。

大変な出来事は確かにありますが、

出来事一つ一つが尊いもの、

人の一人ひとりが尊い人という風に感じました。

 

物事を良い悪い、

正しい間違っている、

幸せ不幸せと判断しているのは人間で、

もともと物事にはそのような解釈はありません。

出来事自体はニュートラルなはずです。

長生きが良くて死ぬことが悪いというイメージを持つ人は少なくないと思いますが、それも解釈です。

言葉で書いて読んでみると当たり前のことですが、

そのときにそう感じたあの感動は忘れられません。

また物事はエネルギーを持っているので、

振り子のようにあっちへいったらおなじだけ違う方向へう動きます。

辛い出来事でも同時に同じくらいの幸せなことがくっついているということです。

考察:インスピレーション「人生に不幸はない」について

この世の価値観とこの世を超えた価値観

この世の価値観というのは、多くの方が抱いているであろう価値観のことです。

個我意識で捉える価値観でもあります。

例えば生まれてくること、健康でいられること、お金持ちでいられることなどは良いこと、幸せなことで

病気や死、苦しみや悲しみは悪いこと、不幸なことというとらえ方です。

普段、私たちはこの世、3次元の世界に意識の焦点が合っており、

健康でいられることは嬉しいと感じますし、病気になったり身内が亡くなることは苦しいこと、悲しいことと感じます。

人間としてごく自然な感情ですし、ありのままのその気持ちを否定せずに自分で受け止めることがとても大切でもあります。

一方、意識の焦点がこの世を超えた次元、いわゆるスピリチュアルな次元に焦点が当たることがあります。

ここで、個我意識とこの世を超えた次元の意識=普遍意識、全体意識について少し述べておきます。

個我意識は

身体感覚(肉体、気の身体、エーテル体)

感情(アストラル体)

知性(メンタル体)

ここまでは明確に個としての意識で

霊性(コーザル体、スピリチュアル体)

このあたりから個と全体が地続きになり、融合されていきます。

普遍意識・全体意識

※各意識体の呼び方は所説あります。

 

私のこの体験がまさにそうなのですが、多くの場合

この世、3次元での感じ方、物の見方ではあまりにも辛すぎたり、受け止めることに限界を感じたり、

それまで支えになっていた「物の見方」「価値観」「人生観」といった

「ビリーフ」と呼ばれるものが通用しない状況でそれは起こります。

それまで自分を支えてくれていたビリーフシステムが、過酷すぎる状況では通用しなくなるのです。

考えて考えて、悩んで悩んで、苦しんで苦しんで、

新たに自分を支えてくれそうな気づき(ビリーフ)を見つけられそうだったにも関わらず

また後戻りして悩んで、苦しんで、

何か月も何年もかけて自分の心に向き合い、一進一退しながらようやく心の底から納得することができる

「ああそうか、こういうことかもしれない」という気づきや癒しが訪れます。

自分の心をゆっくり時間をかけて掘り下げ、この世次元を超えたスピリチュアルな次元での気づきを得ます。

スピリチュアルというのは、人間を超える「神、仏、超越者」だったり、

エゴを突き抜けた「本当の自分」「自己の本質」のことです。

「たましい」「いのち」というとわかりやすいかもしれません。

私の場合は生死をさまようことがきっかけで一気にスピリチュアルな次元につながりました。

そういったスピリチュアルな次元からこの世を眺めると

「この世の出来事に不幸はない」となります。

生まれることや、健康、お金を持っていることが良いことという価値観はこの世だけのものです。

また病気や死、苦しみが悪いことという価値観もこの世だけのもの。

人間が抱えている「価値観」「ビリーフ」に色づけられた解釈です。

次元を超えた見方をすると、この世では一つの出来事には必ず陰陽2つの側面があります。

物事一つとると、

①利他的に働く。他者を生かすのにその性質が役に立つ

②誰かを傷つけたり、自分の欲のため、利己的に働く

この二つの側面が必ず備わっており、どちらに向くかによって

人は幸福にも不幸にもなりますが、

①であっても慢心すると利己心を呼び起こして②に転じたり

②によって被害を被ったけれどもその出来事から多くを学び、①に転換するに至るなどです。

 

①と②を繰り返していくのが人生であり、その中でいろいろな思いを抱き、死んでいきます。

この世の次元ではどんなに残酷で辛く、悲しい出来事があってもう立ち直れないと思っても、

人を支えているのはこの世を超えた「たましい」「いのち」であるスピリチュアルな次元です。

誰一人例外なく、この世を超えた次元に支えられており、人間の意識では不幸を感じていても

スピリチュアルな次元ではそれが不幸ではないのだということです。

人間の意識というのは複数の次元にまたがっており、どの次元に意識の重心があるかによって感じ方が変わります。

同じ出来事でも、3次元の意識では「辛い」「苦しい」と感じていても、

同時にスピリチュアルな次元の自分は「ありがたい」と感じているかもしれません。

スピリチュアルな次元の自分というのは人間全員が有していますが、

普段は「忘れている状態」「感じにくい状態」なのです。

個我意識に意識の重心がある場合は、常に二元性が存在します。

陰と陽、二極を行ったりきたりするのが個我意識の状態です。

でも、個を超えた先の普遍意識・全体意識は非二元です。

その次元から見れば、物事は二つで一つということになります。

表と裏は別々ではなく、一枚のコインということです。

意識の重心が個我意識から普遍意識に移り変わった際に、自然とこのような見方ができます。

しかしながらそれを自在にコントロールすることは個我にはできず、ある時勝手にそうなる瞬間が訪れるのです。

 

 

お読みくださりありがとうございました。

 

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