ライフワークまでの道のり④ 一瞥体験後の探求とグリーフワーク「意味」「答え」「原因探し」の日々

グリーフワーク。意味と答えを探す日々

■2007年 死の淵から生還し、人生観が変わりました。

普段の生活で認識している世界と

折り重なるように別の次元の世界があるのだという実感。

 

自分の使命を見せられ、それまでの人生の

点と点が線でつながって「わかった!」という体験。

 

「今ここ」「今を生きる」ことで

人生はうまく行くんだ、とてもシンプルなんだ

ということがわかり、

その後自身の心を癒すことと

使命に向かっていくにはどうしたらいいか

別の次元とはいったいなんなのか

などグリーフワークと探求の日々が続きました。

 

 

・2007年生死をさまよい、人生観が変わった体験は

→「一瞥体験・神秘体験」に詳しく書いています。

・自分のグリーフケア「グリーフワーク」

~死産の原因探しと自分の聞きたい言葉を本やネットで見つける日々

・覚醒体験・一瞥体験、使命や天職、啓示などについての探求

 

 

自分のグリーフケア「グリーフワーク」     


 

三人目の子を母体の感染症が原因で死産し、

その気持ちを癒そうと本やネットでいろいろと調べました。

物理的な原因もとことん調べ、

死産数日前に40度の熱が出たこと、

その数日前に食べたものから

おそらく「リステリア」という食中毒ではないかとの

原因らしきものもわかりました。

 

物理的な原因を探る以外には

死産をして同じような気持ちを感じている人の体験を読んでいました。

 

一瞥体験とみられる体験をしたからといって

その時は死や苦難を超えた至福の時間を過ごしてはいても

退院して家に帰ると

その一瞥体験は定着することなく

普段の自分の心理状態、

人間として苦悩する自分に戻ります。

 

「誰かが自分と同じことを言っていないかな。」

「そうそう、その通り。」

「私もそう感じる。」

「この人私と同じこと言ってるわ~。」

 

自分の言いたいこと、だれかに聞いてほしい気持ちを

誰かが言っているのを聞く、

ブログに書いているのを読む、

あるいは同じような状況のドラマを観る

ということを通して

自分と重ね合わせ、

別の人の話なんだけれども

自分の言いたかったこと、伝えたかったことを

伝えることができたかのような

受け止めてもらったかのような疑似体験をし

このようなことを続けていくことで

少しずつ、少しずつラクになっていったのではないかと思います。

 

そのラクになっていくプロセスですが、

毎回毎回必ずラクになるというわけではありません。

 

同じような体験の人の話を読み、

一時的にですが余計に辛く感じたこともあります。

そこでまた自分のことを思い出し泣く・・・。

 

自分の中では答えはあったのですが、

それでも

同じような体験の人の話を探し、

意味や答えをまた探し、

ああ、そうこれが私の言いたかったことだ!

と共感し、心が揺れる・・・ということを

せずにはいられないのです。

 

このようなプロセスをグリーフワークと呼びますが

それが必要な時期だったのでしょう。

 

自分の状況をあの時ああしたこうした、

あの子と一緒にどこに行って何を買った

入院中のあの体験はああでこうで・・・

と毎日毎日思い出し、本やネットで

自分の気持ちにフィットするような文を探して

感情を吐き出し・・・・・・

 

この繰り返しです。

大体2年くらい続いたでしょうか。

この2年間は幼稚園のPTA役員もやっていました。

 

 

1年半くらい経ったころからは

このグリーフワークをする一方、

英語の仕事を探すことを決心し、

まずは英検1級を取ろうと英語学習を再開しました。

 

勉強をするときは集中力を保てる時もあれば

保てない時もありました。

 

また、亡くなった赤ちゃんのこととは別に

自分の人生でずっと抱えていた

女性として満たされていなかった感情が浮上し

闇の感情も浮き上がってきたりしました。

 

その闇の感情が英語学習の原動力となりましたが、

私の欲しかったものを持っていたり、

私の求めていた感情を

他の女性が感じて満足していたりすると

逆に怒りや嫉妬の感情が現れ、

勉強の邪魔になることもありました。

 

死に直面して人生観が良いほうに

がらりと変わったことは事実でしたが

そのような大きな体験をし

人間が、人格が良いほうに変わったと思って

嬉しかったにも関わらず

闇の感情、心残りの感情、満たされていなかった感情が

まだ自分の中にあったのです

 

幼少期から学生時代にかけての

満たされなかった感情が

大人になって別の形で現れるようになったのです。

そしてそれは根深く、死に直面することをもってしても

完全に癒されてはいなかったということでしょう。

 

 

普段はあの宗教的体験のことが自分の軸となっていて

幸せな気持ちでいることができたり、

赤ちゃんの存在を感じることで

泣きはしますがそれでも来てくれた幸せを

感じていたのですが、

そのような光の感情がずっと続くわけではなく

時々暗い闇の感情が現れました。

 

 

当時このことについてはなぜなのかわかりませんでしたが、

瞑想や宗教的修行について

理解が進むようになり

今になってようやく「ああそういうことだったのか」と

わかるようになりました。

 

この「闇」については

今後瞑想、宗教的修行のページで書こうと思います。

 

覚醒体験・一瞥体験、使命や天職、啓示についての探求


自分自身のグリーフワークをする一方で

あの神秘体験(覚醒体験・一瞥体験)についても

「一体あれはなんだったのか」とネットを調べる日々が続きました。

特に雷に打たれたように自分の使命が

いきなり視えた体験が忘れられず、

同じような体験をし人の体験談を探しました。

 

今では悟りや覚醒などを体験したという

一般の人の情報がとても多くなってきましたが、

2007年、2008年当時は

主に歴史上の人物の情報がほとんどでした。

 

この時は自分使命を視たといっても

直接それに取り掛かかるにはしんどく

まだまだグリーフワークが必要でした。

 

将来私は心のケアの仕事をやるようになるんだなと

自分ではわかってはいましたが、

勉強に取り組めるような心理状態でもなく、

またそのことよりも日常生活で「稼がないといけない」

という気持ちが強かったので

「とりあえず英語の仕事を探そう。

仕事をしてある程度稼いでから

心のケアの勉強をしよう。

 

子どもたちが大きくるまでは英語の仕事を頑張ろう」

 

とまた以前のように英語学習に取り組むことになったのです。

 

英語学習や教えることに関して

以前は情熱をもってやっていたので、

その時も同じように情熱をもって仕事ができるものだと

当たり前のように思っておりました。

 

しかし英語を教える仕事を再開して2年後くらいから

この考えに違和感を持つようになります。

 

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続きます>>>>ライフワークまでの道のり5これは使命につながる道では?「グリーフケア」という言葉を知る

 

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