最近はブログ記事のメンテナンスをしています。
現在約800記事公開しているのですが、誤字脱字がちらほらあるのでまずはそれを訂正。
冗長な表現なども省き、色々と修正しているところです。
もともとは私自身の健忘録としてブログを書いておりました。
ある時から
「仕事として」
「誰かのために」
と意識しだしました。
初期の頃の記事は読み手のことを意識しておらず、ケアの訓練を通して学んだことなど、当たり障りのない内容も多いです。
当たり障りのない内容って、それはそれで「正解」なんですが、本を読んだりネットで調べたり、自分で習いにいけばわかるんですよね。
読者はブログに何を求めているのか・・・・???
私も読み続けているブログがいくつかあります。
どうして私はそれらのブログを読んでいるのか?
それらのブログを読んで何を得ているのか?
知識を得たいからではないのです。
なんで読むかというと
自分がこれからどうなるか知りたいから
です。
どうやったら理想の自分になれるのか知りたいから
です。
自分のことを知りたい
のです。
だからどこかから引用しただけの言葉や、世間一般に正しいとされる情報を読んでも心に響かないですし、やる気がわくこともない、心が癒されることもありません。
「情報」を得たところで心の深い部分は揺れません。
じゃあ一体なにが心を揺さぶるのか、どんな言葉が刺さるのか・・・。
それは経験に裏付けされた言葉です。
その人が経験し、学んだことや、感じた気持ちを、心の深いところから発せられているかどうか。
自分の深いところと繋がり、自己一致した状態で発せられた言葉は画面上であってもなぜか伝わってきます。
それが読みたいんですよね。
誰かの体験を通して、自分と重ね合わせ、
「なるほどこうすれば良いのかも」
「そっか、今度はこれに取り組もう」
「そうだそうだ、忘れていたけどこれって大事よね」
など自身の内面を見つめ、生活に生かすことで本当に変わっていきますし、私自身も変わってこれましたからね。
変わってこれたというか、「もっと自分」になっていくのですよね。
ブログ記事を読み、自分と重ね合わせ、気づきが生まれ、内面や行動が変わる
それが可能なのは、書き手側の体験から生まれた「オリジナルの波動・エネルギー」だからこそ、相手の心に揺さぶりをかけることができる。
どこかから借りてきた言葉であっても、同じ内容にはなるんですよ。
情報としての内容は同じになるんです。
でも、なぜか薄っぺらく感じるし、心に響かない。
それって発する側の「波動」「エネルギー」が違うから。
心の深い部分から発せられる言葉や表現って、情報が伝わるんじゃなくて波動が伝わる、エネルギーが伝わる。
ブログ記事もできるだけ私の心の深いところから発せられるように努めます。
過去記事と今の記事を比べるのも「この人は前はこんな風だったけど今こんな風に変化してきたのか」と思ってもらう材料になるので、ある程度そのまま残しておきます。
今日もお読みくださりありがとうございました。