④闘病記。妊娠5か月。インフルエンザ?突然の高熱と激しい頭痛

闘病記。敗血症。妊婦。グリーフケア。

 

2007年1月17日水曜日。

この記事を書いているのは

2018年1月17日水曜日。

11年かかって同じ曜日のめぐりあわせ。

11年前の今日は自宅の教室にて

小学校低学年の生徒さんのレッスンをした日。

21日の日曜日は

英語の面接試験で、市民会館に行くから

いったん教室に来てみんなで行くということを伝えた。

夜寝る前、ひざの裏にぴりぴりとした痛み。

大したことはなく「風邪ひいたみたい」と言ってふとんに入った。

 

18日木曜日。

朝から激しい頭痛と38度の熱。

ふらふらしながら子どもたちの弁当を作った。

(この日の朝のニュースだったか、

前日の昼のワイドショーだったか記憶が定かでないが、

タレントの風見しんごさんの娘えみるさんが

交通事故で亡くなったというニュースを見たのを覚えている。

1月17日の朝、学校に行く途中だったらしい。

 

なんでこんな頑張ってて

非の打ちどころのない

誰からも好かれるような

人の良さそうな人の身に

こんなことが起こるのかとショックを受けた。

 

毎年この時期が来ると

私自身の身に起こったことと

風見しんごさんの娘さんのことの

両方を想います。)

 

幼稚園は通常は2時半に終わるのだけど、

あまりにしんどくて

その時間もきっとしんどいに違いないという予想をして

「5時までの延長チケット」を使って

5時まで幼稚園で見てもらうことに。

 

元々頭痛もちで産婦人科から

妊娠中も飲める頭痛薬をもらっていたのでそれを飲む。

しかししんどさはほとんど変わらず、

トイレ以外どこにも行くこともできず、

リビングのソファでひたすらうなり、

しんどさに耐えていた。

 

木曜日だったので近所の内科も休み。

通っていた産婦人科に行ける体力もない。

頭痛い、しんどい。熱下がらん・・・。

結局39度、40度と熱は上がっていく。

「インフルエンザや~」

昼過ぎになっても夕方になっても

ラクにならない。

5時。子どもたちを迎えに幼稚園に。

ぼ~っとしながら,

やっとの思いでお迎えに行った。

 

夕方は中学生の授業。

でもこれじゃ授業できない。

 

テスト対策のプリントの答えを書くのだけど

普段なんの苦労もなくできて当然のものが

あまりの痛みとしんどさのため

簡単なスペルを間違えたりしてしまった。

 

生徒さんが来たらこれを渡して

今日は授業休みってことを伝えよう。

 

夕飯はどうしたのか夫になにか買ってきてもらったのか。

出前をとったのかどちらか。

体調は回復せず、

薬を飲んだ後汗をかいて

少しだけ熱は下がるものの

すぐにまた上がり、

の繰り返し。

汗をかいて熱を下げようと

ペットボトルのお茶を飲み続けた。

 

1月18日、19日、20日とも

同じような感じで汗をかいて一旦熱は下がるものの

すぐにまた40度、20日は41度にもなった。

19日の夜だったか、

頭の中をぐるぐると

「りんねてんせい、りんねてんせい」と。

何度も同じCMソングが頭から離れない時のように

「輪廻転生、輪廻転生」という言葉がぐるぐるぐるぐる。

「なんでこんなしんどい時に・・・」

 

この時はまだインフルエンザだと思っており、

2,3日したら回復するだろうと

甘く見ていました。

どこにも行けない、

日常のことは何もできないほどの

激しい頭痛と高熱。

 

金曜日からは夫に子どもたちの送り迎えをしてもらい、

子どもたちのご飯も全部用意してもらった。

私にもおかゆを作ってくれたが

一口しか食べられず。

たしか19日は延長保育もせずに

2時半に夫が子どもたちを迎えに行ったはず。

 

この日も英語の授業を休みにした。

保護者の方に電話をかける気力もなく、

ケータイも持っていなかったので

パソコンからメールで休みの連絡をした。

 

20日土曜日。

相変わらずしんどい。

この日夫は知人の結婚式で

着ていく礼服のアイロンがけを頼まれたので

ふらふらしながらやった。

 

次の日の英語の面接試験に生徒さんたちを引率する件で

近所の先生から電話があり、熱が出ていることなどを話す。

また母からも電話があり、

熱が出ていることを伝えた。

 

この日、いつも見ているトイレの壁の色が

おかしいことに気が付いた。

壁の色が黄色がかっている。

・・・違う!

片方の目で見るといつもと同じ色。

でももう一方の目で見ると黄色がかっている。

 

18日、19日、20日と

苦しみの中、時折おなかの中で

赤ちゃんが動くのを

感じていたように思う。

28年生きてきた中で肉体的にこんなに苦しんだことはない。

布団の中にいてもほとんど寝られずに

始終「あ~」「う~」とうなり声をあげていた。

21日に試験の引率のことが気がかりだったが、

思考能力はほとんど無い。

ただただ痛い、しんどい、苦しい。

この4日間、水分以外で口にしたのは

夫が作ってくれたおかゆ一口と、持ってきてくれたチョコレート一口。

早く回復してくれと願うばかりであった。

 

続きます>>>>⑤闘病記。出血、死産、救急搬送 一部記憶なし

 

 

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