生きている人も亡くなった人も。目覚めとは、自他が一体ということに気づきワンネスを生きること

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私たちは一つのもの ワンネス 

2020.07.17

にワンネスについて「指」を例えにした話を書きました。

普段は別々の存在だと思っている指、つまり私たち一人ひとりの人間ですが、実はみな根っこでは繋がっていて、究極的には「大きな私」=神、仏、宇宙意識といった次元に行きつくという話です。

他の存在とは別、個々が独立して存在していると私たちは普通思います。

あなたと私は別の存在、「私は〇〇という名前の人間だ」

これもまた思い込みなのですね。

意識が深まると、他人の言ったことが、まるで自分が言ったかのように感じることがあります。

また心の中で問うたことの答えがなぜか他人の口を通して教えられたり、テレビの音声から知らされたりということも起こります。

これらのことは実は普段から起こっているのですが、通常の意識ではなかなか気づくことも、実感することもありません。

しかし意識が深まった時に、まるで自分と周りの世界が連動しているように、一つのもののように感じられます。

 

意識が深まるというのは、個としての意識から、より全体に近づくということです。

個としての意識が強い場合は、自分へのとらわれの気持ちが強くなるため、苦しみや悲しみに心を持っていかれてしまうのが当たり前です。

しかし、全体意識に近づくと、そのような苦しみ、悲しみを感じつつも、それは決して不幸ではなく、個として生きている世界でどんなことが起こっても、もともとの自分、他人もまた全体なのだから、幸せなのだということがわかります。

自分は独立した「個」ではなく、実は全体につながっているのだと気づくのが目覚めと呼ばれています。

この目覚めはどうすれば起こすことができるのか?

目覚めた意識でいれば幸せでいられる、だったらその意識でいたい。

 

指として生きている状態で、できることは何でしょうか?

指として生きている状態で、「私は指だけど手でもあり、全体なんだ」と頭で無理やり思おうとしても、効果があるとは思えません。

方法の一つとしては「瞑想」があり、

自分を見つめるセラピーが役に立つこともあります。

どちらも「心の掃除」です。

自分という個にとらわれ、自分の苦しみにとらわれているから苦しいのであって、それを少しずつ緩めていくのですね。

どちらも「個」として存在しているという思い込みをちょっとずつちょっとずつ解放していくことが可能です。

日常ですぐできることは「今ここで心を開く」こと。

何を感じていますか?

楽しい

嬉しい

寂しい

誰かに会いたい

眠い

コロナにかかったら怖い。

私ばかりが損をしている気がする。大切に扱われたい。

手伝ってほしい

ありがとう

ごめんなさい

どうして私ばかり・・・。

心配だ

可愛い

愛されたい

 

 

ありのままの気持ちを感じて、受け止める、目の前の人と気持ちで交流する。

「今ここ」の自分の気持ちに正直に過ごしていくと、全体意識と連動するようになっていきます。

というのはこの世というのは過去・現在・未来があるように錯覚していますが、「今」しか存在しないから。

その「今」何を感じているか、取り繕わず、まずは自分の気持ちに正直に、ということです。

今ここというのもまたキーワードなのです。

 

目覚めというのは、指である私やあなたから目覚めるのではなく、全体である「私」=宇宙意識の働きによって目覚めるのですね。

他、絶望からの目覚めです。

よく言われるのが、個としてはもうできることは何もない、手は尽くした、本当に何もできない、と自分の非力を心底受け入れた時に、目覚めが起こるということ。

私の場合も、目覚めに近い意識状態、神秘体験をした際は(実際にはこの数日後になりますが)、ICUに運ばれて人工呼吸器を装着され、苦しみの中「もう私にはなにもできない。指一本動かすこともできないし、息すら自分でできない、苦しすぎる。神様!!!!」という状態でした。

絶望=「自我の死」とも言われます。

小さな「自我の死」を何度も体験し、ワンネス・全体意識に近づいていく人。

大きな自我の死を体験し、ワンネス・全体意識に近づいていく人。

どちらも人間として生きている間に体験する人が、なぜか今増えているようです。

昔はごく一部の宗教者がそのような体験しているにすぎなかったようですが・・・。

そして生きている人よりも、これは亡くなっていく人が体験しているのではないかと思います。

死ほど自我の死を深く体験することが他にあるでしょうか。

人間は何度も何度も生まれ変わって、別の人間として輪廻転生を繰り返しますが、自我の死の中で最も大きなものが実際の「肉体の死」だと思います。

個の意識からするとそれこそ恐怖と不安に駆られますが、実はそれを超えると自分は個ではなく、全体であったのだということを思い出す。

何も心配することはなかった

死というのは肉体が無くなるけれども、

存在は無くならない

自分が小さな自分ではなく、実はいつも大きな自分=神・仏、宇宙意識・全体意識とともにあったということを存在全体で感じ、至福の中に溶け込んでいく。

全体の方から、個に大きな力が働きかけてくる。

生きている人、亡くなった人、誰もが最初から救われているということ。

 

こうやって書いている私も、神秘体験をしたことにより、この世に折り重なるように同時に存在している別次元の存在を肌で感じたことで、色々なことがわかるようになりました。

この「わかる」という現象は自分の心にインスピレーションとして、全体意識から流れてくるものもあれば、本に書かれてあることが、知識ではなく知恵として自分の中にあるように感じられるということなのですね。

これは人間全員に備わっている能力であり、誰もが実は全体意識に繋がっていて、意識せずとも必要な智慧やひらめきが与えられます。

インスピレーションで与えられることもあれば、人の言葉や、本の文章、ネットで出会った情報から、ということもあります。

心にぴたっとフィットするものがそれに当たります。

 

読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

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