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人間関係の力学。クライシスに陥ると集団の持つパターンが顕在化しやすい

人間はあるコンテキストの中で一定のパターンで動きやすい。

1番小さな集団、家族の中では誰がどんな役割というのが意識せずとも決まっている。

優等生、世話焼き、甘えん坊、支配的、トラブルメーカー、リーダー、叡智を携えた存在などなど。

また、ある家族なりグループなりが困難な状況に陥った際の対処の仕方というのは多くの場合毎回同じようなパターンになりがち。

人間は自由意志を持っていて、あたかも自分で考えて動いているように見えるが、実はもっと大きな力の元で無意識に動いてしまっている。

自由意志を持っているかのように思えることであれ、その大きな意思、大いなるものの意思の中の動きにすぎないのかもしれない。

だからなかなかそこから「出る」ということは難しい。

自分で考えて、行動しているように見えても、仕込まれた単なる「反射」「反応」ということになれば、一つひとつの言動、行動に個人が背負う責任はないということになる。

なにか犯罪を犯した際の「罪」という概念も無くなる。

あくまで次元を超えたところからの見方であって、意識の重心が人間の世界にある限り、自由意志はあるように感じるし、犯罪は犯してはならない。

意識の次元を超えた瞬間、生きていてそのような状態を体験する場合、死の瞬間かもしれないが、そのときにはじめて自分には何も力なんてなかったり、コントロールなんかできなかったのだ、とわかるのだろうか。

全部が全部、大いなる意思の中でただただ起こっていたことにすぎない、最初から安心の境地にいたのだとわかるのだろうか。

家族をはじめ、集団の持つ力学も同じだと感じる。

書きたかったトピックとちょっとずれてきました。ここら辺で終わります。

読んでくださりありがとうございます。

 

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