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一瞥体験・覚醒体験と周りの反応。話の通じる人は意外と身近に?①

一瞥体験・覚醒体験・宗教的体験。

色々な呼び方がありますが、人生観が一変する気づきを体験すると、真実がわかってしまいます。

すると、エゴを満たすため、恐れ、不安を解消するための動機で動くことが苦痛になってきます。

一般的な企業などはまだまだこの動機で動いていることが多く、そこで働くこと自体が自己不一致となりますね。

しかし、中にはそのような体験がおありで、それを生きているといいますか、お金もちゃんと回っている人たちもいます。

そのような人たちも、いきなりそれを生きることは珍しく、「移行期間」があることがほとんど。

数か月前からちょっとずつ、誰がどんな仕事をしてその移行期間を乗り切ったのかを調べ、書いています。まだアップできそうになくいつになることやら、なのですが・・・・。

書きたいことが多すぎて、実は「下書き」の記事だけで200以上もあるという・・・・。

さて、今回は思い出したことがありまして、何かというと

2007年に生死をさまよい一瞥体験があった後、周りの反応はどうだったのか、また普段の人間関係でそれをわかってくれる人がいるのか、ということについて書いておこうと思ったのです。

結論としては、自分次第で周りは変わるということなのですが。

私が最も「真実の自己」に近かったのが2007年の一瞥体験をした時。

入院中だったため、必然的に部屋に入ってきたある医療者の方にその話をすることになり。

意識の状態も普段とは違い、どことなくふわふわした感覚のまま打ち明けると、

なんとその医療者の方が、「話の通じる人」だったのです。

自他一体、他人は鏡といいますが、最も深い体験をし、自分の存在を受け入れている時、そのような人と巡り合うようになっているのですね。

これは実際に対面で接する人だけに限らないと思っています。

それが1冊の本のこともあるでしょう。

その後、話の通じる「実際に交流を持てる人」とはなかなか出会わずに数年を過ごしますが。

退院直後から私の探究活動は始まったので、お世話になった本やブログはあります。

今みたいに情報があふれていなくて、本当に限られた範囲でしたが、濃い情報を挙げられている数少ないHPやブログに助けられました。

おいおいそれらも紹介できたらと思います。

3年後、2010年、母方の祖母が94歳で亡くなりました。

祖母が亡くなり悲嘆に暮れる母の話を聴いていたのですが、

なんと母に話が通じるようになったのです。

これは私も普段忘れていて、今思い出しました。

遠方に住んでいますが、心の距離が近いとすっかり忘れておりまして。

2007年の覚醒体験の時はほとんど話が通じなかったのですよ。

「え?夢ちゃうん?」と言われましたし。

見舞いに来てくれた際に私が不思議な話をするので父や夫に「脳にも菌が入ったのでは?」と心配されたのですが、

「もともとこんな子やったやん」と母に言われたのみ。

伝えようとしている内容は全く伝わらなかったのです。

ただ、3人目を亡くし生死をさまよい、深い気づきを得た私の姿に「癒された」「話していると女神さまみたいやった」とは言われました。

そんな雰囲気を感じさせるほど、至福感に包まれていたのですよね。

言っている内容は通じなかったものの、人間性が根本から変わり、あり方が変わったので、そのあたりは母も感じ取っていたようです。

 

その母が、祖母の死をきっかけに母も探求活動を始め、私のおすすめする本とか、母自身が見つけ出した本や情報などを通して学びを深めているようです。

母から教えられた覚者の本、ブログ、Youtubeなど参考にしているものもいくつかあります。

母自身には私のような劇的な覚醒体験はありませんが、

自然な流れで「真理の探究」に惹かれ、それらの情報に触れるとやはりたましいの部分で「知っている」ために深い安堵感や「ますます知りたい」という欲求が生まれるのでしょう。

親子であることもあり、気心が知れていることも大きいのですが、「話が通じる」感覚がまあすごい!

え?2007年の入院の時は全然通じへんかったやん、と思うのですけどね。

私の変容度合に応じて、タイムラグを経て、また祖母の死という危機的状況を体験し、必然的に内面を見つめることになり、母も変わったのかもしれません。

 

最近はコロナもありなかなか会えていなくて、電話では日常の話をする方が圧倒的に多いのですが。

話の通じる人がまさか自分の親だったとは。

なんというかありがたすぎる。

 

そして、母方の祖母。

覚醒体験そのものを祖母も話すことは無かったのですが、子ども時代に「輪廻転生」に関する本を買いまして、それを祖母がこれの通りや、と言っていたのです。

祖母自体が滝行などスピリチュアルな探求をやっていた張本人というか、家には神棚と仏壇がありましたし。

 

覚醒体験以前に、それの原因となるような自我を放棄せざるを得ない体験だったり、真理の探究のベースになる資源をすでにもっていたということでもあります。

 

夫や子どもたち、夫の親戚には今のところ全く通じない状態です。

どちらかというと、「霊視」「占い」「幽霊」などの話の方が親しみがわくようです。

夫なんかは「(幽霊から)見られているのがわかった」などと言うこともありました。

私はそっちのスピリチュアルには興味が薄いです。

 

今回の「一瞥体験・覚醒体験と周りの反応。話の通じる人は意外と身近に?①」

の続きもまた書きたいと思います。

 

 

今日もお読みくださりありがとうございました。

 

 

 

 

 

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