掃除・片付けと運気
掃除・片付けと運気は関係するという話をよく聞きますが、私もそうだと思います。
ただ、これは潜在意識の中でそう感じている人、信じている人は掃除・片付けと運気がリンクしているということであって、全員に当てはまるわけではないのでしょう。
「そんなの関係あるわけない」という強い信念を持っている人やそもそも全く気にしない人にとっては、部屋の状態が散らかり放題であっても、自分の強みを生かして成功するのだと思いますし、実際に歴史に名を残すような偉業を成し遂げた人の中にも、そのような人物はちらほらいます。
掃除・片付けをする際はその作業に集中し、一種の瞑想状態になります。
今ここ目の前のことに心を開くというのと同じことですね。
また整った環境を目にすることで、単純に気分が良くなります。
外の世界でどのような体験をするかというのは、まずは自分の心に幸せや豊かさがあって、それが現象化するということ。
綺麗な部屋だと実感して、満たされた気分を味わうことで幸せなスパイラルができていくことがわかります。
運を引き寄せようという結果を期待して掃除・片付けをするのももちろん悪くはないでしょうが、そのような動機だと「いつになったら運が良くなるんだ」という期待する心も生んでしまう可能性もありますね。
また「こんなに私頑張ってるのよ」という認めてほしい動機でやることも結局は相手から「奪う」動機になってしまい、運気が良くなるスピードも遅くなるかもしれませんね。
しかしいずれにせよ、環境が綺麗になったら普通は気分が良くなりますので、その気持ちをできるだけ味わいたいものです。
掃除・片付けをしたくてもやる気がでないのはなぜ?
私自身、昔は掃除や片付けが苦手で、身体が動かない、集中できないという状態でした。
(結婚してから数年で、ずいぶんと改善はされてきておりますが、まだ苦手意識はあります。)
勉強など他のことは集中できるのに、掃除は後回しになってしまうのです。
一体どうしてなのか今振り返って思うことを書いてみます。
掃除・片付けで身の回りを整えることは人して基本。それがなぜできないのか。
元々脳の特性でそれができないという場合についてはわかりませんが、今ここ目の前の人・物事にコミットして生きていくだけで人生が幸せな方向に運ばれていくというこの世の法則があります。
掃除や片付けはまさに今ここ、誰もができていることが基本となります。
でもそれが難しいのですね。
散らかり放題なのに掃除や片付けをやろうという気が全くない、環境に影響されないほどの自分軸を持っている場合は置いておいて、普通はちゃんとしなきゃと思うわけです。
でもいざ取り掛かろうとしてもなかなか進まない。
掃除・片付けがまさに「今ここ」でやることなのに、その「今ここ」から意識が離れてしまうのです。
友達と遊びに出かけてしまったり、テレビなどを見て気を紛らわしてしまったり、勉強が先だからと部屋の汚さを気にしつつも勉強し続けたり、
あの服が欲しい、こうやったらもっと可愛く見えるかもと延々ファッション雑誌を読みふけったり、ネットばかり続けてしまったり。
他、仕事などが忙しくて家にいる時間が少なすぎて物理的に時間を作ることができないという場合もあるでしょう。
どれもやりたいことであれば楽しめばいいのですが、どこかで部屋を掃除しなければという意識を感じつつ、こういったことをしてしまう。
さっさと掃除すればいいのに、ずっと先延ばしにして、たまに片付けることはあっても部屋が綺麗な状態になるまで掃除も片付けも続けられない。
やはりこれは自分の軸がぶれているのでしょうね。
やりたいことをしていて掃除や片付けができないわけですが、これらのやりたいことというのは結局は本当に心からやりたいこととは言えないかもしれません。
承認欲求の場合や、これをしないとダメになるという不安があって、勉強や仕事に逃げていることが多いのではないでしょうか。
見た目を美しくしたい、人と仲良くしたい、優秀でありたい、生き抜いていきたいという欲求はあって当たり前です。
しかしそれらの欲求も2種類あって、本当に心からそう思って、自分が満たされるから行う行為なのか、逆にそうしないと不安だから、人に受け入れて欲しいからという承認欲求で行う行為なのかということです。
掃除や片付けといった目の前のことから逃げている状態で、他のことに気を取られてしまうというのは、「今ここ」にいられないということです。
「今ここ」にいられないというのは心が今にないということ。
心が今にあると幸せや充足を感じるものですが、それが感じられない。
だから一見それが感じられるような行為に代わりに走ってしまうのだと思います。
今ここ目の前のことから逃げてしまうのは、やはり満たされないものが心の中にずっとあるからなのですね。
掃除や片付けといった行為は、本来ならそんなにストレスを感じることもなく、身体も軽く動くはずなのですが、それができないというのはまずは本当の意味で自分を満たすことが必要なのではないかと思います。
承認欲求を満たすような行為に代わりに走ってしまうと書きましたが、この場合であれば、本当の意味で自分の存在を受け止めてもらうという深い体験が必要ということになります。
自分はどこかダメなのではないか?と感じているから、他人からの承認が欲しくなります。
本当に欲しかったものは一体何だったのか。本当の気持ちを受け止めることで、徐々に他人の承認が必要でなくなってきます。
人の顔色をうかがった付き合いは減りますし、他人に認められたいからという理由でやる勉強ではなく、本当にやりたい勉強に取り組むようになるでしょう。
このように自分を大事にできてくると、当然住環境にも意識が向いてきます。
すると少しずつですが、片付けも掃除もできるようになってきます。今ここに意識を保てる瞬間が増えてくるのですね。
結局何事もまずは自分の本心からの欲求を聴いてやりましょう、自分自身を満たしましょうということです。
イヤなことはイヤと感じていいですし、欲しいものを欲しいと思ってもいいのです。
部屋の状態を見ればその人がどれだけ余計なものを心に抱えているか、大体わかります。
大体の人が住環境と心の中というのは連動しているので。
しかし中には掃除・片付けにこだわりすぎて執着になっている人もいるので、そういった方は当てはまりまらないでしょう。
掃除や片付けなど目の前のことに無理なく取り組める場合は他のこともうまく回っているのではないかという内容でした。
今日も読んでくださりありがとうございました。