こんな気持ちになったことありませんか?
- 前は仕事に対して情熱を感じていたのに最近もう冷めてしまって「早く帰りたい」と思う毎日。
- このままこの仕事を続けていって、本当に幸せになるのだろうか。
- 特に大きな問題を抱えているわけではないけど、なぜか空しい。ただなんとなく、毎日を過ごしているだけで生きがいを感じない。
- 無理をして頑張っているわけではなく、むしろ実力も能力もあって周りの信頼も厚い。なのに仕事に行くのが最近は苦痛で仕方がない。
社会の常識や枠の中にいてそれがいい、それでいいと思っているときは、自分の仕事にしんどさを感じずに済んだかもしれない。
社会の常識に合わせることは当たり前だったし、反対する理由もなかった。
何も考えず、他人の意見に合わせることも、しんどいと思ったことがなかった。
自分の感性を感じるより、社会が、世間が、他人が、どういったことを私に望んでいるかを察知し、それに従うことが当たり前だと思っていた。
自分の内なる声を聴くよりも、そういった外の声に従うのが「幸せ」につながるのだと信じていたから「枠」や「形」の世界で生きていてもしんどさは「麻痺」させられていた。
精神が成長するにつれ、そういった社会の常識や世間体、他人の機嫌のために仕方なくやっている行動が「そんなものに合わせるより本心・本音で生きていきたい」と思うようになる。
しかし、そういった枠の中だけにとどまっていた考えから自由になるにつれ、そこから飛び出したいと願うようになる。
自覚するに至っていないかもしれないが、心の奥ではじわじわを「本当の自分を生きたい」という衝動が募ってくる。
本心では「自由になりたい」「自分にしかできないことをしたい」と思っているのに、すぐに環境を変えるのはとても難しい。
急に変えることもできず、「枠の中」にい続けざるを得ない状況で、ますます不自由さは募っていき、しんどくなってくる。
以前はあんなに一生懸命打ち込んだ仕事なのに、もう頑張れない。
以前ほど喜びや充足を感じない。
以前はその「枠」「形」があることこそが自分を守ってくれるものでもあったし、その「枠」や「形」の中で、その範囲で自分の能力を生かすことが自分にとっても十分充足を感じるものだった。
でももう「枠」や「形」は自分にとって小さく、窮屈で、体が大きくなったからほんとはもう脱ぎ捨てたい。
自由に自分の人生を生きていきたい。
そうはいっても本当に大丈夫だろうか?
お金はどうする?
やりたいことをやって本当に食べていけるのか?
私のやりたいことは世間でちゃんと受け入れられるのだろうか?
家族に反対される気がする。
今までお世話になった人を裏切ることになりはしないか?
こういった気持ちを抱くのが普通だと思います。
でも本心に気が付いたらもう後には引けません。
後に引くということは、「これは違う」と違和感を抱きながらずっと今の仕事、お金が必要だから、将来が不安だからとと恐れや不安な気持ちからやっている仕事を辞めずに、自分の本心をごまかし続けて生きていく。
これはある意味地獄です。
ごまかすために娯楽が必要、依存するものが必要、病気になる可能性大。
本心に気づいたらもうごまかしがきかない。
前の生き方を続けることがしんどくてたまらなくなってきます。
この先どうすればいいのか・・・・?
自分事でもあるので切実な問題。
続きはまた後日。