特別やりたいわけではないのになんとなく続けていることをやめる

昔からよく見る夢があります。

小1から高校2年か3年までピアノを習っていたのですが、そのピアノを「やめます」もしくは「今日休みます」と先生に伝えようとする夢。

ピアノを弾くこと自体は好きだったのですが、習いに行くことが嫌いだったのです。

そしてその嫌いという感情を自分でもごまかしており、本心ではやめたかったのに頭の考えでは「やめたくない」と思っていたため10年以上習い続けていたのでした。

ピアノ以外にもいくつか習い事は体験し、英語は5歳からなので最も長く続きました。

その英語も途中やめたくなった時期がありました。

その時は英語そのものというよりも、当時嫌いだった子が同じ教室に通うかもしれないということになり、その子と一緒になるのがイヤでやめたいと親に訴えました。

結局その子は入会しなかったこともあり、英語を続けることになりましたが、このように自分の心でも頭でもはっきりと「いやだ」「やめたい」と思うことであればその意思を確認することができます。

たとえ「やめたい」という希望がすぐには叶わなくても、自分の本心を出して確認し、受け止めることでずいぶんと心は軽くなるものです。

はっきりと「いやだ」と感じることであればやりたくないということが明確になります。

本当にやりたいことにエネルギーを注ぎ切れないのは余計なことをやっているからなのですが、

「本心ではいやだと思っているのに自分をごまかして続けていること」

「それほど好きでもないのになんとなく続けていること」

といった喜びに繋がらないにもかかわらずモヤモヤしたままやってしまっていることをやめることが大事ですね。

ちょっとした不快感、取り除けるものは取り除きたいです。

頭の考えなのか心の声なのか区別がつかない場合も多く、例えば本心ではイヤなのに頭の考えで「この仕事をやっているおかげで収入が入ってくるから感謝しないと」などとかき消してしまうのですね。

見分け方は

「それをやろうとすると気分が重くなる」

「やっている最中に『早く帰りたい。あと何時間』など他のことを考えている」

などです。

 

不快感があるのに先延ばしにすることで、潜在意識に蓄積されますから、なるべく早く対処したいですね。

 

ピアノをやめる夢は何度も見ていて目が覚める度に不快な感情を感じます。

当時は自分の「頭の意思」で続けていましたが、本心を無視し続けたことがトラウマ級の苦しみとなっていたとは本当に驚きです。

週に1回30分のレッスンでしたが、当時はこれほど自分でも苦痛に思っているとは自覚しておりませんでした。

今思うことは、さっさとやめていれば良かったということ。

やめていればどれだけほっとした日々を過ごせていたことか。

ピアノの練習は気が向いた時にしかやらなかったので、ピアノそのものに関わっている時間は少ないはずですが、ピアノに実際触れていない時間までも潜在意識ではどんよりいや~な気分を感じてたわけで、それが今になっても影響しているのです。

さっさと手放して自分が本当に楽しめる時間を過ごせば良かったと思います。

というわけで、

やめたいことはさっさとやめる。

今やめられないのであれば、やめられる状況になるよう策を考えて実行する。

そして、

特別やりたいことではないはずなのになぜかやってしまっていること。

これが結構くせもので、私のピアノの例も当時はやめたいという本音がわからなかったため、これに当たります。

なんとなく、なあなあで続けていることをきっぱりとやめることで、本当にやりたいことに使うエネルギーが戻ってきます。

なにかをやめるには決断が必要ですが、自分でしっかりと考えて下した決断をちゃんと実行できたんだ、他の人の意見に左右されず、自分で決めたんだという経験は自分に自信をつけてくれます。

今日もお読みくださりありがとうございました。

 

 

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