その気持ちは心配?それとも信頼?

今回はほぼ日記ですが・・・。

家族や友人など、自分にとって大切な存在に良くないことが起きて、

大変なことになったらどうしようと心配になることがありますね。

あんなこと、こんなことが起こったらどうしよう。

大丈夫かな?

と。

その人のことが大切だから心配して不安になってしまいます。

愛情があるから仕方がないといえば仕方がないのですが、度を越してしまうとしんどくなりますね。

また相手にとってもあまりに心配されすぎるのは負担になることが多いです。

 

「心配」よりも「信頼」の気持ちを多く持ちたいものです。

心配はエゴの声優位ですが、信頼はたましいの声。

私も子どものことが心配になることがあります。

特に長女の進路について。

今短期大学の1年生。昨年入学したもののコロナのためオンライン授業になり、宿題が思うように提出できずに単位を落としまくったのです。

そのため秋学期は休学し、この4月から再度1年生からやり直したというわけです。

しかしまた成績があまり良くないので、果たして卒業できるのか、もしかしたら中退することになるのか、留年か、といったことで色々と考えてしまいました。

お金がまた余分にかかるかもしれませんが、それよりも中退してしまった場合のことを考えると、中途で辞めることで精神的に大きな痛手を負うのではないか、何事も中途で成し遂げられないパターンが刷り込まれるのではないか、などなど心配になってしまうのです。

でもこれは卒業してとりあえず資格を取っていれば少しは安心、という私のエゴでもあるのです。

万が一卒業できなかったら就職はどうなるの?と。

よく考えてみれば、本当にやりたいことをやっていけたらそれでいいわけで、今辞めたとしても将来また学校に行きたかったら行けばいいんだし、別のことに興味関心があるのなら別のことを学べばいいんだし。

彼女は彼女でアルバイトもまじめに行っていて、周りに適応してやっていける性格なので、学校に行かなくても仕事に就け、生きていけたらそれでいいわけです。

コミュニケーション能力もまあまあある。

小さなことは気にしない。

楽観的でいることが多い。

仕事はまじめに取り組むタイプ。

などなど。

信頼の方に焦点を当てると安心材料が見つかります。

考えてみれば私だって、やったことのないことでも自分が「できるやろう」と思い、実際に取り組んだら本当にできるようになったという経験を積んできたのです。

それって自分への信頼があったから。

特に高校時代に頑張った英語。海外経験がほとんどないですが、「もし海外留学してたらこれくらいの時間は英語に触れてるな」と計算し、家にいる時間は短く濃く、英語のトレーニングに励みました。

短くといっても学校から帰宅後に最低5時間、休みの日は12時間くらいはやっていました。海外で英語に触れることに比べればずっと短いわけですが、その分ぎゅっと濃縮して集中しました。

「海外にいる人が英語をマスターできるんやったら家で同じような環境を作ったら日本にいてもできるやろう」と思えた、つまり自分にそれができると思ったから行動に移せたのです。

「本当に自分はできるようになるのかな」と疑う気持ちがなかったわけではありませんが、信頼の気持ちの方が割合としては多く、また自分を信頼している時は精神的にも安定して穏やかで平和でいられます。

他者もきっと同じで、「本当にできるのかしら?」と心配や疑いの気持ちを持たれるよりも「きっと大丈夫。あなたならできる」と信頼された方が力を発揮しやすいでしょう。

外の世界で何かが起きても、自分の中に自分を信頼する気持ちがあれば、「未来を作っていくのは自分自身なんだからきっと大丈夫」と思えるでしょうね。

あんまり心配されると、それまで自信があったとしても「不安になってきた。本当に大丈夫だろうか」と影響されてしまいます。

生きる力を与える、強化するのは信頼の方です。

 

心配と信頼の話でした。

 

読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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