ちょっとした予知ならできるように。周りで起こる事象から自分の心の動きを感じ取る

スピリチュアルケアの研修を受け、感覚が鋭くなるにつれ、

自分の中で起こる感情の動きと、

目の前の相手など他者の中で起こる感情の動き、それ以外の外で起こっている事柄、一見関係なさそうな事象から受けた心の動きによって近い未来に起こることを予想できらようになってきました。

自分の内面と外の世界は相・フラクタル構造になっている

※フラクタル: fractale, : fractal)は、フランス数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学の概念である。ラテン語 fractus から。図形の部分と全体が自己相似再帰)になっているものなどをいう。wikipedia

これは私だけかもしれませんし、同じような人がいるかもしれません。

朝、例えば洗い物をしていてガラスのコップを割ったとします。

その割った時の感じで、その日体験するであろう「感情」を予測できます。

ガッシャーーーン!と勢いよく割り、しかも指まで切って痛い思いをしたのであれば

人間関係なのか仕事なのかわかりませんが、

心にショックや驚きを感じるようなことが起こる確率が高いです。

一方、手が滑ってそれほどの衝撃を与えたわけではないのにすぐに割れてしまった、

さほどびっくりもせず、ケガもなかったというのであればその日ちょっと違和感を抱くような取るに足らないような出来事を体験するが、そのおかげで気づきにつながるなどという風にハプニングに伴う感情の動きから、一日に体験するかもしれないことを予想できます。

これは、人間は出来事を体験する前に実はその体験するであろう感情と似た感情を前もって感じているという実験データがあり、

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このことからヒントを得て自分の感覚を精査していた結果、結構な確率で当たるということがわかりました。

ですので、衝撃やびっくりするようなことを避けたいという場合は日頃からあまり動揺しないよう自分の意識をちゃんと自分の中心に持ってくるようトレーニングしたり落ち着いて行動するようにすればコップを割ったくらいで驚かなくなりますし、驚かなくなったら以前はパニックになったであろう出来事に遭遇しても落ち着いて対処することができます。

これは体験する事象が変わった、軽くなったというわけではなく、自分の内面が変わったので、取り乱すことが少なくなったということです。

ドラマや映画でもガラスのコップを割る場面が次に起こる出来事の伏線になっていることは多いですね。

私たちの人生も全く同じです。

コップを割るという現象そのものより、その時どんな感情を感じたかです。

他にも、道で誰かとぶつかりそうになってひやっとした、どきっとしたという時には「なにか忠告がありますよ」というメッセージとして私の場合はとらえています。

私の場合は何かの料金の支払い期限が迫ってますよとか、

子どもが学費の書類を渡し忘れていますよとか、

仕事で注意不足になってうっかりミスするかもしれなませんよ、とか。

このように、急な出費などのお金関係で何かあるときは道で誰かとぶつかりそうになってひやっとするということが事前にあり、心の準備を整えておくことができるようになりました。

ぶつかりそうになってもさほど驚かない場合は、「何かあるだろうけど大したことじゃないな」と受け止めています。

他は気持ちの悪い虫などを見ると、家族の誰かが体調を崩すというパターンもありました。

最近は虫の介在なしに体調が悪くなることがあり、予知ができないのですが、これは病気に対しての受け取り方が少し変わり、「体調がしんどいのはつらいけど、浄化反応だから風邪をひくのはむしろありがたい」ととらえるようになったからかもしれません。

安心な気持ちでいられれば心配なことは何も起こらない、なにか困ったことが起こる前には大体気分に変調を来たすのですが、自分の感覚への信頼が増している感じです。

危険を察知したとして、防ぐことはできるのか

何か警告があるときは事前にどきっとするようなことを体験するという内容のことを書いていますが、それを防ぐことはできているのかと聞かれたら、正直わからないです。

どきっとした時点で何か忘れていることなどはないか思いを巡らし、忘れていることがあれば対処をしますが、それとは別の忘れていることが新たに現れたりして結局「ああ!忘れとった!」となるので、未来は決まっていたともいえます。

予知ができるというのも、未来に感じるであろう「どきっ」「ひやっ」という感情を前もって体験するというだけで、何が起こるか具体的にはわからないのです。

これはいのちに関わるような深刻な出来事ではないからかもしれません。

実際に私が死産をした際には数日前に「もうすぐ逝きます」というメールが届きました。

英語を教えていた学生が、遅れてきたときのメールですが、彼女は「もうすぐ行きます。」と打ったつもりが変換ミスで「逝きます。」になっていたのです。

そのメールを通してメッセージが私の元に届いたのだと、後になって気が付きました。

深刻な状況の場合はこのようにはっきりとわかるように示されることもあるのですね。

以上、読んでくださりありがとうございました。