好きなことを仕事に。誰の役に立ちたいか。色々と体験してみて明確になる

好きなことを仕事にする、ライフワークで生きていくプロセスで問われることの一つが

「誰の助けになりたいか」

「どんな人の役に立ちたいか」

「どのような活動を通して役に立ちたいか」

が明確になっていることの大切さです。

でも最初からこれをわかっていれば苦労はしないですね。

まずは色々と体験をしてみないことにはつかめません。

例えば私の場合は、ライフワークについて取り組み始めた頃は、「心の癒し」「その人がその人であることを取り戻すお手伝い」ということがやりたかったのですね。

それは大枠で言うと今でも変わりがないのですが、

「心の癒し」「その人がその人であることを取り戻すお手伝い」

で対象にしているのは一体どんな人なのか?

ということが問われるのです。

子どもなのか、思春期の子なのか、男性なのか女性なのか、仕事と子育てに追われている人なのか、高齢者なのか、終末期の患者なのか、認知症の人なのか、家族と死別を体験した人なのか、自己実現したい人なのか・・・・。

例えば私の場合は「聴く」という行為を通して、対象者へのケアをしているのですが、やりがいの有無は誰の話を聴いているかで異なってきます。

相手にとって「私のやりがい」なんてどうでもよく、真剣に関わってくれるかどうかが大事なのですが、独立してやっていくということは、自分にとってその仕事が喜びや幸せにつながるものでないと続きません。

私の場合は、

親身になって聴くことができるか、

相手の話に没頭できるのか、

相手と一体になった感じで、一緒に心深くに降りて行けるか

一種の「瞑想状態」「ゾーン」「フロー状態」になれるか

目の前の人とその場を共にしたいか

などで判断できます。

 

 

早く家に帰りたい

と思うのであれば違うということ。

 

ですから、私の場合子どもを対象にしてもなかなかこのような感覚にはなりません。

それから今パートで認知症の人の介護をしていますが、その方たちも対象にはできません。

スピリチュアルケアの訓練を受けてきたので、私の接し方ははっきりいって上手ですが、ライフワークで関わりたいとは思いません。

適職かもしれませんが、天職ではないのです。

パートは「早く帰りたい」と思いますし・・・。

こんなことを思って相手に悪いのではないか、などと罪悪感を感じたとしても、その人たちにライフワークで関わらなくていいのです。

一時的な仕事で縁があっただけであって、関わっている時間は誠意を持って関わることに変わりません。

 

相手に悪いと思うかもしれませんが、結局他人というのは自分の鏡にすぎない。

他人が存在すると思っているから悪いと思うのであって、この世は究極的には他人は存在していません。

全員が自分自身だと思えば悪いも何もないのです。

 

話しが極端になりましたが、やはり関わっていきたいのは自分と同じような悩みや苦しみ、自己実現への葛藤などを抱えている人、心深く探求をしている人、ということになります。

自分の意思で探求をしている人が私の関わりたい人。

 

結局自分を知るということに尽きるのですが、色々な人へのケアを体験してみてわかってきたことです。

今日もお読みくださりありがとうございました。

 

 

 

 

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