周りを通して自分が現れる。グループワーク、日常の人間関係。引き寄せの法則

グループワークを通して自分が現れる

6人のグループ

Aさんが話す時。残りは聴き手。

残りのB、C、D、E、Fは個人B、C、D、E、Fであると同時に

Aの内面(潜在意識)の一部でもある。

Bさんの場合も同様。

A、C、D、E、FはBさんの内面を現す。

グループワークが始まったばかりの時は「ノイズ」が多いかもしれない。

それは「今ここ」になかなか焦点を当てられる割合が少ないから。

グループワークが深まるにつれ、表出するものがよりクリアに、本質に近いものになっていく。

 

例えていうと・・・・。

Aさんが語り悲しみを思い出して涙を流す。

BさんがAさんに言葉をかける

その言葉によってAさんは「わかってもらえた」と癒される。

これはAさんの内面で癒しが進んだから、Bさんによって癒しのことばがかけられ、グループワークという現実の場面でAさんが癒されるという結果になったということ。

 

また例えばCさんがAさんに、「どうしてそんなことしたの?私はAさんのそんな態度に怒りを感じる」

と言ったとする。

AさんはCさんの言葉で、自分のやったことに対する後悔を感じ、自責の念でいたたまれなくなったとする。

これもまた、Aさんの中に意識していなかったかもしれないが、自分を責める気持ちを抱いていたということ。

それがCさんの言葉を通して表出され、実感として感じたという結果。

Aさんはここで「自分の中には自分を責める気持ちがあったんだ。辛いな」という気づきを得る。

Bさんの反応による癒しも得たが、自責の念という次の課題も得たということ。得たというよりもともとあったものに気づいた。

そしてグループワークを重ねてさらに深まっていくと

Aさんの中には「自責の念」という課題があるので、また誰かの言葉を通してそれが表出される。

Eさんを通してまた自責の念が喚起された。

しかし今度はAさんは、そのことに対して過去の誰かに謝りたいと思っていて、グループワークで「ごめんなさい」と言い、許される体験をし、自責の念が浄化され癒しが起こるということがある。

 

または、Aさんは自分を責めることからいつも逃れられなくて、自分が悪いわけでもないのに「あのことかもしれない。このことかもしれない」と自分を責める材料を探し、それを当てはめ、次からは悪いところを直そう直そうといつも努力している。

 

人から悪く言われないように、怒らせないように、人の期待するように、人の機嫌を取ることにエネルギーを使い、自分の機嫌は後回しだとする。だから自分を責めてしまうことは、心の底では「本当は違う」という感覚がうずいている。

そんな時にグループワークでまた誰かに責められるということが起こる。

誰かに責められるというのは、その人を通して自分で自分を責めているということ。

しかし、自分を責める態度に対して違和感を感じたAさんは

「違う!」

「私が責められるのはおかしい!」

とちゃんと怒りを表現してそれを受け止めてもらった。

自責の念を抱いていることが自分を縛っていたことであり、そこから解放され自由になることで、自分に自信を取り戻し、他人の機嫌に左右されない自分を取り戻したということになる。

自責の念という一つの現象であっても、「ごめんなさい」と言いたかったのか、自分を取り戻したかったのか、などその人にとって何が課題なのかは異なる。両方が混ざっていることもあるだろう。

人間は優しいところもあれば怠惰なところ、ユーモアにあふれるところ、人を攻撃してしまうところ、自己犠牲的になってしまうところなど、一人の人間であっても色々な側面がある。

その色々な自分を周りの人の言動にどう自分が反応するかで、浮き彫りになる。

 

そして、語る人以外のメンバーの内面もグループワーク内で現象化する。

BさんやCさんEさんがAさんの内面を表していると同時に、AさんもまたBさんCさんEさんの内面の反映といえる。

もちろん残りのDさんFさんについても同じ。

それからグループのメンバーだけでなく、そこで起こる現象もまた内面の現れである。

例えばBさんが語る番になって、隣の部屋から話声が聞こえてきてうるさい。Bさんは話し続けるが、隣の話声の方がうるさく、グループワークに集中できない状態になってしまう。

Bさんの話に集中できなかったため、感情が揺れたメンバーも共感できたメンバーもいない。

Bさんは自分の話が伝わらなかった寂しさや怒りを感じる。

どうして誰も注意しに行かないんだ!

俺の話を聴け!

どうしてこんな大事な時に隣の部屋から音が聞こえてくるんだ!

Bさんが話したかったのは、怒りを抱えているという内容の話ではなく、全く怒りとは関係ない話だったかもしれない。

内容とは関係なく、怒りを感じるような現象が起こってきて、Bさんはそれまで気が付かなかったけれど、自分の中に怒りの感情が消化されずにあるということに気づく。そして怒りの根本には「もっと自分に関心を持ってほしい」という本当の願いの存在に気づく。

また同時にFさんは全く、隣の音に意識を持っていかれることなく、Bさんの話を真剣に聴いていたかもしれない。

「動じない」というFさんの側面が現れたと言える。

 

以上は私が作った例えです。

グループ内はもちろんですが、それ以外の現象も、言うならば生活全部が自分の心の反映ということ。

グループワークというのは、自分を深く見つめようという意図があって取り組んでいることなので、より本質的なものが浮上してくる。

さまざまな現象を通して、その人にとって必要なことが起きるということ。

 

普段生活している日常ももちろん同じことが起こっているのですが、日常は意識の中に雑念・ノイズが多いので、それほどクリアではないのですね。

グループワークでは「今ここ」に心を開くように意識が働きますから、より一層本質に近づきます。

ですので、その期間というのはグループワーク以外の現象からも自分の心の状態がわかりやすく、「占い」のように「あ、こういうことが起きるんだな」と予想ができることもあります。

 

例えば私は1週間の研修を4回受けていますが、その1週間は研修が進むにつれ研ぎ澄まされてきます。

しかし同時に肉体的な疲れも出てきます。

5日目、6日目が特に疲れもたまってくるのですが、ぼーっとして電車で一駅乗り越し、遅刻しそうになったことがあります。

ぎりぎりで研修の時間には間に合いましたが、これを私は「間に合った」と受け取りました。

 

「おそらくぎりぎりになるだろうけど、逆方向の電車に乗ってぎりぎり間に合ったから大丈夫」

「研修で取り組む自分の課題、ぎりぎりになるけどちゃんと間に合う!」

 

研修では7日目でちゃんと「着地」できる場合もあれば、自分の中で気づきが起きそうなのにそれが間に合わずに終わってしまうことがあります。

そして後になって遅れて気づきがやってくることがあるのです。

研修内に気づきが訪れたら「着地」でき、帰宅できるのですが、その時はそれが研修終了の数時間後にやってきました。

とりあえず、それでも気づきがやってきたので「間に合った」ということで整合性があるのです。

研修に間に合った時のほっとした気持ちから、きっと大丈夫という信頼につながったのです。

これが「ああ、だめだった。遅れた、残念」だったら、自分の課題としていたことが次回に持ち越しになっていたと思います。

このように、外の世界は心の中の反映と言われますが、グループワークではそれをより一層実感します。

日常ではその感覚は薄まりますが、「今ここ、目の前」に心を開くと、同じように実感が強まるでしょう。

この記事を読んだあなたも、この記事を通して、あなたの中のものが反映されているということになります。

 

 

自分が癒される、より自由になっていくにつれ、周りの人間も癒され、自由になっていきます。

そして自分という個人を超えたところから、一体何が起こっているのか、俯瞰して見ることができるようになってきます。

 

この話はまた別の機会にしますね。

読んでくださりありがとうございました。

 

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