対象と一体化すること、ゾーン状態、フロー体験
何かに没頭している際に体験する意識状態です。
絵を描く人だったら、描いている対象になり、音楽を演奏する人であればその曲そのものになる。
もちろん肉体がそう変化するわけではなく、対象に集中した意識そのものが「それ」になるという意味です。
「役」になりきる俳優も同じですね。
どれだけ対象と一体化できたか、つまり我から離れてそのものになれていたかで、観る側、聴く側に心振るわせるような感動をもたらします。
「自分」がいなくなる瞬間です。
イメージしやすい例を挙げましたが、あらゆる仕事がそうなのでしょうね。
人の話を聴くことも同じで、いかに「自分」から離れ、感性を研ぎ澄ませ、目の前の人から伝わる心の声に集中します。
自分の思い込みや偏見が、相手の話を歪んで解釈してしまう原因となります。
思い込みや偏見から解放されている度合いが高いほど、相手の話をありのまま聴けるようになります。
解放されていない部分は、自分でそれを自覚していることが大事。
「もしかしたら自分の思い込みによって偏った聴き方をしている可能性があるかもしれない」と客観的に判断することができます。
「ゾーンに入る」「フロー体験」の状態の時、良いパフォーマンスをしていることが多いですが、
自我のはたらきから自由になり、奥のたましい、あるいは普遍意識がそれをしているということですね。
「今ここにある」状態です。
行為の対象はなんであれ、何かに没頭している時。
生きている実感を感じるのはそのような瞬間ですよね。
「自分」という自我がやっているのではないにも関わらず、生きている実感を感じる・・・・。
「好きなことをする」というのも、没頭するということです。
そして、それは
「自分が他人から良く見られたい」
「自分のことを高く評価されたい」
などというエゴからではなく、
行為そのものになるということ。
例えば歌を歌う場合ならその歌詞の気持ちそのものになった状態になり、聴く人に深い感動を与えます。
俳優さんの演技も、役そのものになり切るからこそ、リアルに伝わってくるものがありますよね。
一瞥体験の時
「過去や未来は本当は存在しない。今だけがある。今、今、今、と続いているのが真実だ。
その今を自分の心に正直に、心を開いてやっていけば人生うまくいく」と深い気づきがありました。
気づきの内容自体はとてもシンプルですが、頭の中の思考にコントロールされた人間にとっては、なかなか実行が難しいのですよね。
普段、どうしても自分を守るための言動や、打算的になってしまったりして、心を開いた状態でいられないこともあります。
死に直面した当時は、たましいの深みからわかったのでまさに「今ここ」を素直に生きている実感がありました。
危機的状況に陥ると、自分の中の優先順位がはっきりし、どうでもいいことつまり過去や未来にとらわれる心に惑わされなくなります。
結果、今言いたいことを言う、今本当に感じていることを無視しないで受け止めることが出来る状態になりました。
簡単に言うと、「ウソをつかないで生きる」ということになります。
ウソをついてしまうのは自我が「取り繕わなければ」と頑張っている状態。
今ここで正直でいる状態とは、ウソがなく自己一致している状態です。
それがありのままの自分でもあります。
対象そのものになるのは熟練が必要ですが、好きなことであれば努力しているという意識もなく簡単に没頭できますね。
今日もお読みくださりありがとうございました。